うらがみらいぶらり

チラシの裏のアーカイブ

かつてハリー・ポッターと呼ばれた男の話

 7月31日。みなさんもご存知の通り、この日は僕の誕生日である。

 そして同時に、とある人物の誕生日でもある。ハリー・ポッターだ。

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 以上の事実から「僕=ハリー・ポッター」という等式が成立するのも無理からぬ話であり、実際かつては「ハリー・ポッター」とあだ名されたこともあった。遠い学び舎の日々、純真無垢の時代。すなわち小学校のころだ。

 しかし――今の僕は、果たしてハリー・ポッターなのだろうか。

 齢を重ねて今年で27だ。グラハム・エーカー(1期)とタメになった。アムロ・レイ大尉(CCA)と同い年になるまで残り2年だ。だが、未だにフラッグファイターに就任できていないし、そばにチェーン・アギもいなければ、魔法界を救った実績も得られていない。あるのはこのブログくらいだろう。

 思えばずいぶん遠いところへ来た。ホグワーツは遥か彼方だ。もう戻ることなどできまい。戻るにはずいぶんと射精を重ねすぎた。なぜだろうか。

 

 僕がメガネをかけ始めたのは小学校3年生のころからだ。魔眼の制御が効かなくなったわけではない。テレビゲームのやりすぎだ。同じ頃、雑巾がけ競争で盛大に転倒し、永久歯の前歯2本をへし折った。今でも僕の前歯はなんだかよくわからない物質でその形状を維持している。

 いま思えば、細長い顔に不釣り合いな、いかついメガネだった。だが、その平凡なガリ勉ちゃん向けメガネと、「7月31日生まれである」という事実が、ちょうどうまい具合にハリー・ポッターと重なった。奇しくも世間では、ちょうど原作書籍が日本で流行り始め、4年生くらいのころには『賢者の石』がロードショーされた。

 僕はしばしば「ハリー・ポッター」と呼ばれ始めた。いや、「ハリーに似てる」くらいだったかもしれない。重要なのは、男女問わずそう呼び、今となっては女子からそう呼ばれたことが肝要である。

 

 幸いなことに、僕の通っていた小学校には義理チョコという文化が根づいていた。教師も良識的な人物が多く、生徒のチョコの授受に口出しをすることはなく、開放的だった。僕も他の男子の例に漏れず、義理チョコだけは定期的にもらっていた。

 特に印象的だったのは、当時女子の中でも抜きん出て背の高かったAさんだった。彼女は僕のことを定期的に「ハリーに似ているね」と言ってたように思う。そしてチョコももらった記憶がある。今でも記憶にあるのだ。おそらく潜在意識下では「目をつけていた」に相違ない――当時から性欲「だけ」は異常発達していたはずだ。

 また、当時僕は初恋も経験した。小3だ。実にマセたクソッタレの思考だろう。惚れた理由も容姿ではなく、「からかわれた時に割って入ってなにか言ってくれた」というものだった。そして失恋も経験した。女子に応援されつつ、真正面から告白し、玉砕した。しかし、特に嫌われることもなく、義理チョコだけはもらったように思う。いま思えば、そのチョコのパッケージからして、彼女はお腐れ婦女だったのではないかと思う。

 

 それきりだ。なにもかも、それきりだった。

 ハリー・ポッターだった僕は、思えば青春の渦中にあった。小学生で経験する適量のそれだったかはわからない。裏では木之本桜に欲情し、萌駅の扉を叩いたので、すでに兆候はあった。だが、女子から特別嫌われるでもなく、適度な距離で接したあの時期は、27歳の時間軸から見てみればひどく鮮やかだ。

 誠に遺憾ながら、僕は中学受験に手を染め、中高一貫男子校に歩を進めた。そして、同時期に運悪くオタク・カルチャーと衝突事故を起こした。男の中でのびのびとクソオタク文明とふれあい、クソの早稲田大学へ進学しても姿勢を変えなかった。

 その姿勢の成れの果てが僕だ。女子もない。青春(世間一般)もない。成長したのはニコ動的語彙、型月魔術への知識、コミケの実戦経験、そして性欲だ。残念なことに、それ以外はなにも成長しなかった。成長しなかったのだ。

 

 そして27歳。僕はハリー・ポッターからだいぶ遠いところに来た。グリフィンドールは遥か彼方。派遣先の職場では「若頭」と呼ばれる始末だ。

 もはや僕はハリー・ポッターと言えないかもしれない。ハリー・ポッターは射精をしないし、吉原に10万円を落としてコスプレセックスをしないだろう。

 悲しいことだ。だけども絶望することはない。僕は僕として育った。ホグワーツで魔法使いとならずとも、Twitterとはてな、そしていまはVTuberを中心としたインターネットで、すくすくと育っている。僕はハリー・ポッターにはならなかったが、魔法使いのようなものになった。それを悲嘆することはない。

 歳を重ねても、恥を重ねても、人は生きることができる。雨宮尊龍は言った。「強く生きろ」と。これからもただただ、強く生きるだけである。

 

 ただ……僕は最近、バーチャルはてなブロガーになったのだけど、それが美少年になった。美少女じゃない。しかし、様々な面で美少女が有利なのは自明である。それなのに、わざわざ美少年を選んでいる……これは当時の悔恨ではないだろうか。いまさらながら、そのような疑念が生まれつつある。

 あと、ハリー・ポッターは、果たして本当に射精しなかったのだろうか。彼も男だ。ハーマイオニーに欲情しないなどということはるまい。

 必ず……彼もトイレの個室で、射精したはずだ。それだけが、今となっては彼と僕の、ただ一つの「絆」だ。