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うらがみらいぶらり

チラシの裏のアーカイブ

病気休業中の声優はなにをしているのが望ましいのか

 病気療養中の種田梨沙が、休養中にグラブルをしていたことがわかり、それに対して親の仇のごとく怒り狂う人が現れたらしい。

 なぜ怒っているのかわからないが、この手の話題で辛辣な言葉を発するのは「その人が嫌い」か「その人には特に興味がないが行動がいけすかない」ということが多い。あるいは好きをこじらせて「期待を裏切られた!」と逆ギレするアホだろう。「病気で休んでいる時にゲームをする人」にキレる人は、きっと箸が転んでもキレるだろうし、真面目に取り合わないのが身のためである。

 というところで今日の日記としようと思ったが、ふと気になったことがあった。「病気療養で休業中の声優は、なにをしているのが望ましいとされるのか?」ということである。

 

 まず、「病気療養中にグラブルなんて!」という怒りはどうして生まれるのか。その心情の土壌はおそらく「病人は休むべき。決して遊んではいけない」だろう。

 病気に対して真面目であれ。真面目な病人。真面目な療養。つくづく日本のわびさびを感じる心のうごきだ。

 では、そう固く信奉する人たちを怒らせない、声優の療養中の過ごし方とはなにか。以下に列記してみる。

 

①ボイストレーニングをする

 声優は声が命。たとえ病床にあっても、ボイストレーニングを欠かさないのであれば、「なんて真摯な声優なんだ…!」という感動すら誘うだろう。職柄にあった療養生活ならば、起こる人も少なくなるだろう。

 もっとも、声帯まわりの病気(ポリープなど)を治療した直後にボイトレとかしたら逆効果な気がしないでもない。

 

②ラジオ体操をする

 寝ている時間の多い病人であれば早起きもするだろう。そういう場合にはラジオ体操だ。「ラジオ体操をこなすなんて勤勉だ!」と感心する人は多い。特に年寄りからのウケは良いだろう。

 実際、体が動くのであれば、少しは運動をした方が体力も落ちにくいし、気が紛れる。もっとも、汗をかいて風邪を引かないように気をつけるべきではある。

 

③読書をする

 ゲームは娯楽と思われてしまうが、読書ならばその可能性は多少は減るだろう。とはいえラノベなどの娯楽小説ばかり読んでいたらキレる人が出てくるので、本の選択は重要だ。『存在と時間』とか、『夜と霧』とか、『人間革命』とかなら、「遊ぶ病人」と罵られることもないだろう。

 小説であっても、「療養中は太宰治を片っ端から読んでます」と報告すれば、厄介な人も黙りそうなオーラを出せるかもしれない。芥川龍之介もいけるだろうか。

 

④闘病ブログを書く

 闘病ブログは的確な安否報告となる上、「治療しようとがんばっている」姿勢を明確に示すことができるので、おそらく効果的だろう。たとえ軽い病気や怪我でも、「いま療養中です!」と報告すれば、「療養を理由に遊んでいる」と騒ぐような人種は納得して帰っていくはずだ。

 ただし、更新頻度が多すぎると、「もしかしてすでに治っているのでは?」という疑いもかけられそうではある。難しいところだ。

 

 上記のようなことをしていれば、「病気を理由に遊び呆けている」というあらぬイチャモンをつけられるスキを減らせるとは思う。「病気であっても真面目」という姿勢を見れば、古き善き日本人は満足して離れていく。

 もっとも、なにかしら患っている時は気力が思いっきり減退するものだし、そんな状態で手につく心の清涼剤といったら、片手間でも遊べるソシャゲなものである。

 療養中だからこそ遊び、遊びで養った英気をもって、病を治療するのである。僕も今年インフルエンザになったが、リレンザを吸って古戦場を回していたら(※団には勤務先の人間が所属している)ケロッと完治した。療養とはそういうものである。

 

 今回、種田梨沙は少なくとも「グラブルができる」ということが明らかになった。これはつまり、「グラブルもできないほど弱っている状態ではない」ということであり、彼女がひとまずは無事であることを喜ぶのが、ごく普通の感性というものだろう。

 そして、いま真っ先に治療すべきは、「病人は病人らしく遊ばず寝ているべきだ」と思い込む精神疾患に他ならない。