うらがみらいぶらり

チラシの裏のアーカイブ

「ジャパリパークに男根は……いらないッ!!!!!」

 Mステ上陸を果たして勢い冷めやらぬ『けものフレンズ』。しかし勢いはいつだって山火事の原因となる。今日話題になってたのは「けものフレンズから成人向け二次創作を追い出せ」運動である。

www.change.org

 よもや2017年にもなってこの手のシュプレヒコールが上がり、しかも署名活動まで企てる逸材がいることに、ただただ感嘆の念を禁じ得ない。これ自体が一種のレッドリスト入りともいってよいだろう。

 しかしまぁ、なぜこの人はそこまでお怒りなのだろうか。ふと目にとまる一節があった。

私はTwitterで性的二次創作に断固反対という活動をしています。私は性的表現全てを規制しようとしていわけではありません、ですがキャラクターの品格や設定を無理やり捻じ曲げて描く成人向け二次創作には断固反対いたします。

(上記署名ページより抜粋)

 特に光るのが、「キャラクターの品格」ということば。実にみずみずしい叫びだ。なにせ、「品格」である。その言葉運びにはある種のセンス、そして妄執が感じられる。

 

「品格」を尊ぶフレンズって、どんなフレンズ!?

 時に、「品格」とはどういう意味だろうか。「女性の品格」とか「日本人の品格」とか言うが、その意味を深く調べようとしたことはない。なので辞書に問い合わせてみた。

ひん‐かく【品格】


その人やその物に感じられる気高さや上品さ。品位。「品格が備わる」

(デジタル大辞泉)

 つまり、成人向けの二次創作は、そのキャラクターの気高さ、上品さを毀損するものである、というのが件の人物の見解であるようだ。

 では、そのような見解を「だから俺はやつらが嫌いなんだ」というつぶやきにおさめず、署名活動というビッグウェーブをこしらえようとしてしまったのは、なぜだろうか。この人はどういう人なのか……想像してみた。

 

仮説①:処女信仰者

 処女は神聖不可侵にして犯すべからず。聖母マリアも処女のままイエスを受胎した。ゆえに貞節は守り、尊ぶべきものであり、非処女は地獄の炎へ投げ込まねばならない。さもなくば主の救いはこの世より失せてしまうだろう!

 なるほど、そのような宗教ならば仕方がない。人は誰しも宗教を持ち、異端者を前にすれば、それは宗教戦争の戦端である。いわんや大人気アニメ、『けものフレンズ』の処女性が損なわれる危機が迫れば、まさに十字軍の幕開けだろう。

 件の人は、主の教えに従って戦おうとしているのかもしれない。

 

仮説②:PTA関係者

 件の人は「制作側も子供も見れるように作っていてとても性的な要素はどこにもありません。」とも述べている。しかし一介のオタクがアニメで児童教育を真剣に考えることなどほぼありえない。そこで導かれる結論は、PTA関係者という説だ。

 きっとおそらく、自分がPTA会長を務める学校で、『けものフレンズ』を流して子どもたちに動物の生態、友情の素晴らしさを教えようとしているのだろう。しかし、今や小学生がiPhoneでパズドラに課金する時代。ネットにつなげば、広大なスケベのジャパリパークは目と鼻の先だ。齢9歳にして「ヒグマママ…」といううわごとを垂れる危険性は十分に考えられる。

 教育的観点からして、成人向け二次創作は規制すべき。現場からの切実な悲鳴である。

 

仮説③:過去に人間にレイプされたフレンズ

 実はこの人はなにかしらのフレンズであり、過去にジャパリパーク来場者(♂)から性的暴力を受けた可能性もある。

 ヒトが憎い。男根はさらに憎い。その象徴たるR18けもフレイラストは、全てのフレンズにとっての悪そのもの。かつての被害者だからこそ、署名運動という道を選んだのだろう。同胞が同じ悲劇に出会わぬように。

 なんて気高い志だ……もしそうだとしたら、全力で応援したい。フレンズの危機を救うのだ。

 

仮説④:実はけもフレ関係者

「つまり、この人はけものフレンズプロジェクトの関係者であり、全ては二次創作ガイドライン再設定のために仕組まれた陰謀だったんだよ!!」

 

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 他にも可能性があるかもしれない。みなさんからもご意見募集します。

 

えっちな観点がキャラクターの魅力を発掘する

 「スケベ二次創作がキャラクターを捻じ曲げる悪しきもの」というのが件の人の見解だが、個人的には「それはちがうよ!(CV:緒方恵美)」と主張したい。むしろ、えっちな二次創作こそ、キャラクターの魅力を最大限に理解している可能性が高い。

 性欲を抱く、と軽々しく言うものの、どんな女性に対しても性欲を抱くかといえばそれはちがう。必ず、性的な魅力が存在する。そんな性的魅力とは、言ってしまえば女性としての魅力であり、その人の外見的な魅力といっても差し支えない。また、セックスとはコミュニケーションであり、「愛を込めたセックスをしたい」という願望を抱くということは、すなわちその人との対話を望んでいること。嫌いな人と対話をしたいはずもない。まぎれもない好意のあらわれだ。

 フレンズたちのスケベな二次創作を紡ぐということは、それだけそのフレンズを好きでいるということであり、同時に彼女の魅力を明瞭に理解しているということだ。そのスケベを見て、また一人彼女に魅了される。彼女を愛する輪は、そんな形でも広まるものだ。

 そして誤解してはいけないのは、「スケベでしか」愛せないとは限らない――むしろスケベであろうとなかろうと、本当に好きである可能性のほうが、ずっと高いだろう。キャラクターを貶める気などさらさらない。キャラクターの魅力を発信したいからこそ、スケベになっていく人もいる、ということである。

 無論、「スケベ二次創作を認めないのは非人間!」というわけではない。本当に設定を根幹から捻じ曲げて犯すケースは、褒められたものではない。だからといって、スケベのスケベ二次創作を規制する理由にはなり得ない。

 

アライさんのパイズリについて

 話は変わるが、アライさんには無邪気パイズリが似合うと思う。

 今やレズのフレンズことフェネックに押し倒されたり忠告をしたりで大忙しなアライさんミームだが、彼女本体は「底抜けの元気」と「おバカだがピュアで悪気はない」という要素から構成された無邪気さ、そして(担当声優も含めて)豊満な乳である。好奇心も旺盛で、なんでもかんでも手にしては洗ってしまう姿は、とても愛らしい。

 そんな彼女が、うっかり男根を前にしたらどうなるか。きっと「洗う」はずだ。だが、「男根を洗う」という行為が指す意味を、我々はよく知っている。そしてアライさんは知らない。そんな非対称性が、劣情を喚起する。豊満な乳とともに。

 アライさんはあくまで無邪気だ。「上手に洗えること」がうれしいあまり、その豊満な乳をもって、男根を洗い上げる。その先に待つのは射精だ。彼女は驚くだろう。「洗ったのにベトベトするのだぁ…」と。だけども彼女はめげない。「もう一度洗うのだ!」と、再びパイズリを始めてしまうのだ。

 「ウッ……アライさん……違う、これは、違うんだ……あぁ……でも気持ちいい……気持ちいいよ、アライさん……!」

 罪悪感と快楽がせめぎあうメドローア。二発目もまた盛大に放たれ、しかしアライさんはまた、うれしそうに洗い始めるだろう。その姿はとても無邪気で、愛らしい……

 

 そんなことを放映当時から思っている。アライさんはアニメ登場フレンズの中でも一番好きだ。

 

 

 

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 ちなみに署名運動の方だが、残念ながら目標数達成前に終了している。ウワサによれば「ツールで賛同者を増やしたのがバレた」らしく、そんな古典的なオチをつけるなんて、もしかして生粋のエンターテイナーでは!? とは訝しんだ。

 真面目な話をすれば、二次創作ガイドラインを規定しているのはコンテンツサイドであり、一人の消費者が再規定を働きかけるようなものではない。コンテンツはスケベ絵師のものではないが、あなたのものではない。「作品の私物化」という意識が透けて見える、残念な一例に過ぎない。

 ただ、発禁イラストが無造作に配置され、未成年が容易にアクセスできる環境はよろしくないし、問題提起そのものは全否定されるべきものとも言い難い。ゾーニング、フィルタリングは、二次創作者の間で徹底すべき、という当たり前の事実を再確認する良い機会だったかもしれない。

 ガイドラインで規定されない限り、発禁二次創作については「好き/嫌い」で語られるべきであり、「正しい/間違い」で語られることがあってはいけない。子どもや制作陣を人質にとった十字軍ごっこは、必ずヘイトを買う。剣を持つな。棍棒を持て。「俺は嫌い」だと殴りかかれ。

 なお、件の人のルーツは「蛸壷屋死ね」なのだそうだ。ならばこそ、彼に贈るべき言葉は一つしかない。

 

「署名を集める時間で蛸壷屋に直接殴りかかってこい」

 

 

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