うらがみらいぶらり

チラシの裏のアーカイブ

「小説家になろう」もまた、インターネッツなのだろう

 インターネットで不意に現れる話題といえば「ラノベ/なろう小説ってなんなのさ」という話題。今朝もうっかり新木伸が「ラノベはおっさんの読み物なので…」と発言(4/7の発言だけども)が流れてきて、ちょっとばかしラノベの話題になっていた。

 

togetter.com

 

 若者は金がないから「人気の保証されたもの」しか買えず、その「人気の保証」はおっさんたちが先陣を切って買い支えることで作られる。なるほど納得ではあるが、身も蓋もない言い方をすれば「若者がおっさんのお下がりを食ってる」という感じではある。まぁ割とそういう文化は多そうなんだけども。

 と、上掲のTogetterを見てたら、こんなものが貼られていることに気付いた。おのれ天狗め!お買上げしたぞ!

 

WEB作家でプロになる!: ?書籍化の方程式 (トークメーカー新書)

WEB作家でプロになる!: ?書籍化の方程式 (トークメーカー新書)

 

 

 「WEB小説は、精神的ポルノだ!」って帯で堂々と宣言しちゃうこの感じ、嫌いじゃない。まさに「なろう文化」って感じで、最高。ロックだよね。

 そんな香り高いスメルが気になるし、なによりこの文化界隈をまだ理解しきれていないこともあって、手にとってみた。内容としては、実際にWeb小説サイトで作品展開をしているプロの作家が現場から送るいわば「戦地ルポ」とてもいうべきもので、しかも戦地を駆け抜けるためのハウツーをバンバン挙げていく対談形式のテキストだった。

 

 そのハウツーが有効かどうかは門外漢なのでさておき、目を通してみて、なろう界隈に今まで抱いていた違和感の正体がハッキリと認識できた。

 あの小説投稿サイトもまた、インターネッツなのだ。取扱が小説というだけで、その本質はニコニコ動画やTwitterに似ているのだ、と。

 「なろう=異世界転生」という認識は比較的広く知られている。ではなぜそんな等式になるか考えた時、「ハーレムヨイショな小説書いて承認欲求を満たす気持ち悪い人が集まってる」と思い込んでいたわけである。

 しかし実のところ、テンプレ多産の原因はもっと単純――「それがアクセスを見込めるフォーマットだから」でしかない、というのが上掲のテキストを見ていて抱いた印象だ。

 ヒットした物語定型にはフォロワーが生まれる。フォロワーが増えればそれは「流行」になる。そこまで達してしまえば「流行に乗れば人の目は集めやすい」状態になる。これはなにも小説サイトに限った話ではない。

 ニコニコ動画では一時期ランキングをガチムチパンツレスリングが席巻したし、Twitterでは現在進行形で「フェネックやめるのだ!」テンプレートが横行し、Favが荒稼ぎされる状況にある。「流行のテンプレート」はリーチの強さゆえに、すさまじい勢いで増殖する。

 そういう見立てをもって小説家になろうという文化圏を眺めると、恐ろしいほど合点がいくのだ。みんなPVがほしいのである。どんなものだろうと、自分が産み落としたものに視線が集まることは心地よい。そしてなろうの場合、数多くのPVとポイントを稼いだ作品には「書籍化」という栄誉が与えられる。

 それは承認欲求の蠱毒というより、純然たる生存競争の場だ。みんな、生きるためにテンプレートを切り出す。サバンナで生き残るために、手段は選んでいられないのだ。

 

 まぁ、全員が全員書籍化を夢見てるわけではないだろうし、中には完全なる自慰として投稿している者もいるとは思う。だけども、ランキングというわかりやすい競争指標が存在する世界だ。その行動原理が「PVと評価の多寡」で規定されるのは当然の帰結だろう。

 また、実のところなろうはかなりムーブメントの移行が早いようで、今現在のトレンドは「異世界転生」から「異世界現地人活躍」になりつつあるのだとか(実際、最近見たランキングはそんな感じだった)。生存のためにはアンテナ感度も要求されるあたりもインターネッツという趣きだ。「場合によってはカクヨムに拠点を置くべき」といった、戦場の選択にも気を配るべきという点も。

 いずれにせよ、PVと評価を求めるために力を注ぐ感覚は、大昔にネタクラスタもどきをしていた身としてはものすごく理解できる。上掲のテキストでは「とにかく数をこなして当たりを探るべき。伸びなければ早めに切り捨てろ」という、一見非情なアドバイスも飛び出してくるが、しかし事実として数字は正義なのだ。Favを稼げなかったネタツイに価値はない。次のネタを切り出す準備をするのみだ。それが140文字か、数千字の連続か、の違いしかないのだろう。

 多産多死が人を成長させる。それがインターネッツの基本法則である。

 

 という感じで、長年の違和感を解消できたおかげで、なろうへの関心は妙に高まってきた。「限られた(流行)定型でランカーを目指す」って、それこそネタツイ転がしてきた時を彷彿とさせて、あっなんか楽しそう……って。

 とはいえ、「読者に徹底的にサービスする」というフィクションの書き方は未経験だし、そもそも僕は文章が冗長かつ過多になりがちなので、そのへんを矯正しないと戦地に踏み込むことすら難しそうだ。 

wasasula.hatenablog.com

 最近流産したこいつは「(自分の中では)かなりシンプルな文章」という意識なのだが、これでもまだ過多な気もする。練習するなら「余計は描写は削り落としてシンプルに」というところからか。

 そもそも、この文章も冗長はなはだしいところである。