うらがみらいぶらり

チラシの裏のアーカイブ

さほどめでたくない元旦にあたって

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 ドカベンフォントをインストールしたので作りたくなった。イラレスキルがこういう時しか役に立たない。

 「◯◯初め」というのは1月2日から行うべきで、さもなくば◯◯の神さまに怒られてその年は大成できないと聞いたので、2日に初記事を書くことにした。ただブログの神さまって未だに四国あたりで「まだ消耗してるの?」とヘラヘラしているイメージもあるので、反骨精神として1日に書くのが最善だったかもしれないね。

 

 年が明けようと言うべきことはいつもと変わらない。年を明かしてめでたいのは、生先短い老人と、頭がパーリィな類人猿だけである。年を重ねるとは、悲しみを重ねることに他ならないのだ。

 気がつけば世に生を授かって四半世紀である。ここから雪崩のように老化の一途を辿ると思うと末恐ろしいが、付き合いのある先人のみなさまはイキイキと暮らしているので、まぁ年を食うことによるメリットを探せばいい話だろう。

 

 ところで、昨年のまさに1月2日には「生産的なことをしたい」という旨の記述を残しているが、結論から言えば昨年はなにも生産的な行いはしていない。

 振り返ってみれば、昨年は割と年がら年中身体を壊していた気がするし、某有明のアレから身を引いたことも相まって、休養の年としての側面が強かったように思う。そう、6年ぶりに「年末にずっと自宅にいる」なんてことができた。紅白見ながら酒をぐだぐだと飲み続けるって最高なんですね。

 じゃあ、今年は生産的にしよう――という意気込みをかけると、気が重くなってなにもしなくなること請け合いなので、「衝動的に作る」ということを思い出すようにしていきたい。反射的な生産は勢いがある。

 そのためにはソシャゲ断ちが必要だろうけど、グラブルは飽きつつある一方で、FGOはシナリオ消化の最中なのでなかなか離れられないのがアレである。武蔵と孔明を元旦からいきなり引き当てたのが運の尽きかもしれない。だったらFGO二次創作すればいいんじゃね!?(胡乱な発想)

 

 ……というまとまりきらない日記をつけることが、物書き的なウォームアップになるはずなので、そろそろ恥もクソもない日記を少しずつ増やすようにしていきたい。

 文章を書くこともまた、運動だ。軽くでも、継続して走り続けることで、最終的な体力工場につながるはずだ。