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うらがみらいぶらり

チラシの裏のアーカイブ

エロゲヒロインの父

「父さん、会社辞めて、エロゲヒロインやっていこうと思うんだ」


 中学2年の夏、父は唐突にそう切り出した。夕食の時で、その日はナポリタンだったことをよくおぼえている。

 母も僕も言葉を失った。ようやく僕が口を開いたのは5分後だった。

 

「……なんでエロゲヒロインなの?」

「憧れだったんだ。父さんの。昔から」

「……ちなみにデビュー作は……?」

「……『ときめきっ☆なかだせハーレムスクール!!』」


 その瞬間、母は手にしたコップを床に叩きつけた。

 父と母との間で離婚が成立したのは、それから一週間後だった。そして僕は父に引き取られることになった。別れ際の母の蔑むような目が忘れられない。

 

 父のデビュー作は抜きゲーだった。

 父はピンク髪ツインテロリ巨乳のヒロインで、メインルートとハーレムルートではきっちり孕んでいた。サンプルCGは正常位。キャラ人気はそこそこだったと記憶している。

 典型的な淫乱ピンクだったこともあり、家にはファンとおぼしき人からの手紙や、贈り物がしばしば届けられてきた。何回か自宅近くまで付けてきた人も見かけた。

 ある日、ヒロイン姿の父を玄関前まで付いてきた人をたまたま目撃した。

 けれど、父が玄関前でヒロイン姿から、いつもの40代半ばの男の姿に戻るや否や、その人は父に殴りかかった。そして泣きながらその場を走り去っていった。

 顔を思いっきり殴られた父が心配になり、とっさに駆け寄った。ついさっきまでピンク髪ツインテロリ巨乳だった父は、こちらを向いて事も無げに口を開いた。

 

「今日はとんかつ弁当にするか」

 

 男のエロゲヒロインはまだ珍しかった当時。思えば、差別や奇異の視線は絶えなかったのだろう。だが、その頃の僕には父を理解しきることはできなかった。僕だって父に呆れていたのだから。

 けれども、朝早く家を発ち、日中はヒロインになって、男とキスやセックスをして、時には終電ギリギリに帰ってくる父の顔は、晴れやかだった。

 19時ごろに帰ってきて、家族で食卓を囲んでいたころよりも、ずっと。

 

「憧れだったんだ」

 

 ピンク髪ロリの姿で股を開く父に、僕はたしかに呆れていた。だけども、不思議と憎いとは思わなかった。

 

   *  *  *

 

 デビューから2本ほどフルプライスのヒロインを務めた後、父の仕事は目に見えて減った。

 良くて低価格作品の2番手ヒロイン、悪い時は1カットだけのモブ。本数は増えれど収入は増えず。高校2年のころになると、エロゲヒロインの仕事はほとんど回ってこなくなった。

 後になって、この時期にエロゲヒロインから竿役への転向を奨められたことを知った。その方が出番も、出演時間も増える。出演時間は、そのまま出演料に直結する。

 業界では珍しくないことだという。だけども、父は首を縦には振らなかった。

 

「大学までは行かせてやるからな。心配するな」

 

 そう言って父は、ソシャゲの仕事に手を伸ばし始めた。

 エロ、非エロ問わず、被写体としての仕事を数多く。ただのロリや、ロリではないピンク髪での仕事もあったが、やはり多くは父が愛した、ピンク髪ツインテロリ巨乳だった。

 採用されるとしても、ほとんどはN、よくてその一つ上。ソシャゲを遊んでいていると、よく無料ガシャから父が出てきた。エサにもできず、売ることもできず、多くは手持ちの肥やしになった。

 高3に上がる頃の父は「多忙」の一言だった。家に戻らない日は増え、たまに帰ってきても、「25時から真夜中のシーンがあるから」と、ヒロインの姿のまま居間のソファに体を沈めていた。

 

「無理すんなよな、親父」

 

 そういいながら、ロリの体な父の肩に湿布を貼ったり、SMモノでついた傷に軟膏を塗った。腕に縄痕が見えてしまうと、さすってやらずにはいられなかった。

 

「無理なもんか。俺は楽しんでるだけだ」

 

 あどけない顔つきに、不相応なほど豊かな胸。エロいとは思いつつも、不思議と勃起しなかったのは、小さくとも「父の背中」だったからだろうか。

 

「俺が楽しんでる分、お前に苦労かけるわけにはいかないしな。なーに、俺はキュートなロリ巨乳っ子だ。絶対、食いっぱぐれないさ」


 盗み見た父の手帳には、タイトなスケジュールが敷き詰められていることを知っていた。高血圧の薬を飲んでいることも、車を売って自転車に変えたことも。

 ウソをつけ。どんだけ俺を大学に行かせたいんだ。

 だけども、やはり父はどこか楽しそうで、けれどもこれ以上になく、頼もしく映った。

 父のロリ巨乳な体を労りながら、昔抱いていた呆れすら、どこかに立ち消えつつあることを感じていた。

 

   *  *  * 

 

「お父さんのお仕事は?」

「えぇっと、エロゲヒロインを……」

 

 大学3年。就活が近い中、進路相談の面談を受けていた中で、ふと聞かれた質問だった。

 一瞬、しまった、とも思ったが、すぐに思い直す。少し変わっているだけで、気に病む理由なんてない。

 相談員さんも怪訝な顔をせず、少し驚いた様子で言葉を継ぐ。

 

「男性のエロゲヒロインさんって、めずらしいですね。ずっとですか?」

「私が中学2年のころからです。……忘れもしません。会社を辞めて、母から離婚させられたあの日は」

「まぁ。もしかして、苦労なさったので?」

「……父が、です。私はもう、父には頭が上がりませんよ」

 

 思い起こす。父と過ごした8年の歳月。

 ロリ巨乳ピンク髪ツインテの姿で、僕をここまで養ってくれたこと。

 ヒロイン姿のまま酔っ払って帰ってきて、ほとほと手を焼いたこと。

 同業の女性のヒロインたちに陰口を言われているのを見たこと。

 たまに入る大きな収入で焼肉に行ったこと。

 大学に合格した時に、ヒロイン姿で抱きつかれて、嬉しさ半分興奮半分になったこと――

 エロゲヒロインの父について語る口は、ついつい饒舌になっていた。相談員さんも、どこかほほえましげに聞いてくれ、やがてこう告げてくれた。

 

「自慢のお父さんなんですね」

 

 そう聞いて、ようやくハッとしたのだ。

 僕が憧れているもの。僕がなりたいと、実はずっと、思っていたこと。

 恐る恐る口にしてみる。

 

「……男のエロゲヒロインって、なるの、難しいでしょうか?」

 

   *  *  *

 

 ブレザーに袖を通し、リボンタイを、ぎこちなく結ぶ。

 白のオーバーニーに脚を通し、ふとももの上まで引っ張り上げる。ゴムにきゅうっと締められ、絶対領域にほどよいむっちり感が添えられる。

 

「おーい、そろそろじゃないのかー」

 

 部屋にピンク髪ツインテのロリ巨乳っ子が入り込んでくる。父だ。

 

「ん、もうすぐ着替え終わるから」

「髪のセットがまだじゃないか。そんなんじゃ現場で出遅れるぞ」

 

 ごもっとも。僕は急いで赤いリボンを取り出し、金髪のストレートロングになった僕の髪を、いそいそとツインテールへ結んでいく。

 鏡の前に映るのは、金髪で、ツインテールで、緑色のツリ目が愛らしく、胸は控えめな、ちょっとあどけない女の子の、僕。

 「海外からの留学生。主人公にちょくちょくイタズラをしようとする、本当は少し寂しがり屋なお嬢様」という設定の、エロゲヒロインだ。


「ちょーっと結びが甘いんじゃないかー?」

「ちょくちょく髪型変わる予定だからこれでだいじょーぶ」

「そっか。父さんのころとは大違いだなぁ」

 

 まだ職歴に10年も差がないのに何を言ってるんだか。だけども、父と仕事について語り合えるのは、どことなくワクワクする。

 

「……にしても父さんと同じ道にくるとはなぁ」

 

 結局、大学を卒業した僕は、エロゲヒロインになった。父がなった時よりも敷居は低くなり、今では男の娘ヒロインという採用枠もある。けれども、険しい道だと、そもそもバカなんじゃないかと、様々な人に言われてきた。

 けれども迷いはなかった。僕は、父に憧れていたのだ。

 いつだって、やさしくも頼もしい背中とおっぱいを見せてくれた、エロゲヒロインの父に憧れていたのだ。

 その憧れと同じ道に進めるのだ。辛いことの方が多くても、僕は父と同じ道を征きたい。

 

「収録は今日からだったか?」

「うん。まずは、主人公と出会う場面から」

「はじめが肝心だからな……」

 

 そう言うと、父は僕の方を力強く叩いた。片やピンク髪のロリ巨乳。片や金髪ツインテのロリ。奇しくも、僕ら親子の背丈は、140cm半ばでぴったりと並び合っていた。

 

「……お前なら心配ない。父さんはエロゲヒロインで、お前は父さんの息子だからな」

 

 そして右手が差し出される。小さくかわいらしい父の手。僕はそれを、同じく小さく愛らしい手で、強く握り返す。


「あぁ。親父よりも人気のヒロインになってやるからな」

「言ったな。がんばれよ」

 

 そうして僕は、買いたての通学カバンを手に、玄関を飛び出した。

 憧れだったんだ。そう口ずさむと、足どりはさらに軽くなる。

 桜の花びらが舞う春の道。ベタでいい。僕の一歩は、これ以上になく晴れやかなのだから。