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うらがみらいぶらり

チラシの裏のアーカイブ

萌駅の思い出

CLIP えっちな話 インターネッツ

 「性のめざめ」のきっかけはインターネット。そういう人は一定数いるだろうし、殊にインターネットネイティブ世代では、その比率が上がるはずだ。

 そして、僕のような20代の人間にとって、「性のめざめ」として馴染み深いであろうと思っているものがある。「萌駅」だ。

 いわゆるリンク集サイトであり、エロから非エロまで、今で言う「絵師」のWebサイトへのバナーがまとめられている。当時お世話になった人には釈迦に説法だろうが、Pixivもニコニコ動画もなかった10年ほど前は、ここがスケベイラスト導線の一つだった。

 ド著名なサークルも当時からリンクが置かれていたりした。今やキュー子で有名となったエロゲブランド、DigitalCute の母体的なサークル「首輪通信」も、僕が小学生くらいのころにはすでに萌駅にリンクが存在した。他にも今や有名、あるいは当時から有名なところもあっただろう。もはやインターネットのレガシースポットといって差し支えない。

 

 さて、10年ほど前というと、当時の僕は小学校高学年だ。

 その頃に「首輪通信」を発見し、めざめつつあった性の意識はネジのように捻れていった。「緊縛」「監禁」「調教」の3ピースは、12歳から貫かれている僕の主性癖の一つだ。

 これで終わればよかったかだろう。しかし実際は、「首輪通信」だけで終わらず、萌駅を経由して「似たようなジャンル」のサイトをぐるぐると巡った。さながら都内の私鉄路線網。仄暗いサド趣味の在来線は、ゴジラにぶつかることもなくその積載火薬量を増加させるハメとなった。

 この「似たようなジャンルを巡る」という行為こそ肝要だ。萌駅がもたらした最大の功績(あるいは「恩恵」)は、「属性・性癖のラベリング」なのだ。

 あのサイトの最たる特徴は、「巨乳」「巫女」「SM」といった、いわゆる「属性」によってリンクが区分されていたことだ。今となってはめずらしいものではない。だが、繰り返すがPixivもなかった10年ほど前、「自分が見ているスケベの要素」をしっかりと明文化しているシステムはそこまでなかった。そして、この「属性・性癖のラベリング」は、自身のスケベ心に対して自覚的にさせたのだ。

 

 まだ自慰もおぼえたての子どもにとって、「自分はなにで一番シコれるか」という意識は、比較的あいまいだ。クラスメイトの隣の女の子のふくらみかけの胸。そういったものでめざめる性の意識は、言ってしまえば見境がないだろう。これは、山の中で拾ったエロ本であろうと、インターネットで拾ったエロ画像であろうと、事情はさほど変わらないはずだ。

 だが、タグ付けされたエロから摂取した場合、「自分はこういうものに勃起するのだ」という自覚を容易に得られる。それは、まぎれもない学習であり、学習は反復することを可能とし、反復は成長を促す。「偶然拾ったあのエロ本はエロかった」という思い出ではなく、「俺はこれで勃起するのだ」という自覚を持った時、性的なるものへの関心と知識はどんどんと深まっていく。まぎれもなく経験値ブーストが施されるのだ。

 さらに言えば、自分がシコれるものを自覚することで、より効率的に好みのコンテンツへリーチできるようになる。「おっぱいで男根をはさんでいるアレ」というふわっとした記憶では、Googleも十全に活用できない。だが「パイズリ」というタグから飛んで射精すれば、「パイズリ」という単語をキーとして、再び同質の射精へと至る可能性が得られる。自分の性癖を外部から言語化されることにより、知識を獲得するだけでなく、性的なものへより高速に、効率よく接触することができる。言わずもがなそれは、インターネット検索の根幹を為す大事な思想だ。

 こうした経験を経ることで、ググり力(ぢから)は強化され、セクシャルな知識と経験は加速度的に増幅していく。インターネットを根城とする、どうしようもないスケベオタクはこうして生まれるのだ。

 

 要約するならば、僕は萌駅によって(どうしようもない方面へ)育てられたと言ってよい。インターネットの負の側面をモリモリと喰らって大きくなったのだ。

 だが、いつだって技術や人を進歩させるのは、性欲に他ならない。その意味で、萌駅に出くわしたことは幸運だっただろう。

 そんなことを思いつつ、ひさびさに萌駅をのぞいてみる。

 更新停止はおろか、サイトごとLZHに固められて置かれているサイトすらある。廃墟の存在には時代の流れを感じられずにはいられない。

 だが、作品名タグは比較的最新のものも増えている。DLSiteへのバナー、あるいは配信作品への個別リンクなども見受けられる。駅そのものは廃駅になることもなく、静かに増改築を繰り返しているようだった。

 10年前からの思い出深い場所が未だに残っている。それは素直に嬉しい。タグ付けというものを僕に教えてくれたスケベの路線網は、どう考えても(当時の年齢的にも)アウトなものだが、僕の根幹を作り上げているのだ。