読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

うらがみらいぶらり

チラシの裏のアーカイブ

『ラブライブ!サンシャイン!!』1話 諸感想

CLIP アニメ

 『ラブライブ!サンシャイン!!』の第1話が封切りとなった。

 劇ラ!(およびFinalライブ)からそこそこ時間が経っていたこともあり、ラ!熱はそこそこの状態。期待値も平均的だったが、いざ視聴すると「すげえ、すげえ」としか発音できなくなっていた。最初にμ's第1話を見た時の衝撃を、かなり忠実にトレースするような、そんな衝撃だった。

 やっぱりラブライブ!はモンスターマシンである。そしてサンシャインは、火力方面へさらに特化している空気すら感じる。その脳筋ぶりは人によって捉え方が異なるようだが、以下ではおおむね好意的に受け止めた者の感想を書き残す。

 

「輝きたい!!」という"軸のようなもの"

 第1話のサブタイトルは「輝きたい!!」である。直球だ。とはいえ、μ's側も「叶え、私たちの夢――」だったし、ラ!そのものがひねらないコンテンツであることの証左である。

 そして、第1話の内容をざっくりまとめるならば、「主人公の高海千歌が『スクールアイドルはじめたい!』とチャントし続けてたら音ノ木坂の転校生がやってきた」である。いや、もっとストレートにまとめるならば「スクールアイドルやりたい!」にほぼ集約される。

 もはやテーマというか「主人公の心情」に等しいものだが、これを軸としてサンシャイン1話は怒涛の勢いで駆け抜けていく。Aパートで全てのメンバーを繰り出し、ほどほどにキャラ紹介を展開した上で、30分通して千歌の「スクールアイドルをやりたい」という熱量は減ずることがない。これがすごい。

 穂乃果クローンとも言われそうな高海千歌だが、その無邪気っぷりは穂乃果の比ではない。「廃校を阻止する」という目的意識もないため、千歌はとにかく明るく無邪気に(ともすればお気楽に)「スクールアイドルになりたい」と唱えているのである。ここはμ'sと決定的に異なる事情ではないかと思う。

 「一つの目的に向かって動く」という明確な軸がないため、サンシャインでは「輝きたい!!」という、ある種の自己実現の欲求が1話の時点で「軸のようなもの」として設定されている。廃校阻止と比べて、「輝きたい!!」という気持ちはいささかふわっとしている。だが、その無邪気な気持ちを肯定し、前進することを許可するスタンスを、1話では千歌のこれ以上にない熱量で提示している。

 火力でキャラクターをごり推しするという、身も蓋もない筋書きなのだが、このやりくちがヘタにシナリオを組み上げるよりもずっと強大な訴求力を生んでいる。「この子は輝きたいんだな」と。MTG的に言えば赤単だろう。しかしながら、赤単で駆け抜けることに対し、自然と不安を抱かない仕上がりになっている。サンシャイン1話は、この点で秀逸だ。というか、ものすごい気持ちいい。

 

μ'sの位置と時間軸

 冒頭から示唆されている通り、サンシャインの世界において、音ノ木坂学院アイドル研究部は伝説的な存在となっている。劇ラ!のサイン殺到状態から、さらに先の位置。なにせ千歌がスクールアイドルになりたがった動機が「μ'sを知ったから」であるのだから、その影響力は計り知れない。

 では、時間軸はどうなっているのだろうかという話である。これは、千歌から梨子に対する「ドーム大会まで開かれてるんだよ!」というセリフを真に受けるなら、劇ラ!エピローグのさらに先=μ's解散から3年程度*1 経過していると推測できる。絵里と希とにこが成人している可能性がある。ヤバい。

 とはいえ、ドーム大会が開かれるようになるのが、μ's解散からどれくらい経った後なのかは明確にはわからないため、「解散の翌年からドーム大会なんすよ〜」とか言われると、また時間軸がズレそうではある。

 ちなみに某氏も指摘していたが、千歌がアキバで見たμ'sのライブが、1期最終話で行われた校内ライブだったことは、「あのライブは録画されてたの?」という整合性の問題を生んでいる。「音ノ木坂の誰かが隠し撮りしていた」「理事長が録画していた」などなど、いろんな邪推も可能だが、真相は闇の中である。

 ひとつだけ言えるのは、1年次にμ'sの存在を知った千歌が、様々なμ's楽曲に「動画で」接することができる土壌が整っているということである。言うまでもなく、μ's時代から登場している、あのスクールアイドルポータルサイトがそれなのだろう。つくづくインターネットは便利である。そして、それだけスクールアイドルの敷居が下がっている、とも推測できる。

 

自己実現の物語、になるのかどうか

 上記にも記したが、「輝きたい!!」というフレーズのふわっと感は、漠然とした「特別ななにかになりたい」という心情のあらわれのように見える。ほんわかとした自己実現、とでも言えばいいのだろうか。千歌に対して「無邪気だ」という印象を抱いたのもそこが理由だと思う。

 個人的に着目したいのは、「普通の子が輝く機会」として千歌がスクールアイドルを語り、千歌が自分自身を「普通星の普通星人」と語るように、「普通」という概念が根底に横たわっているように見えることである。現在の千歌が「普通の子」だとすれば、μ'sをはじめとしたスクールアイドルは「輝いている普通の子」、という立ち位置が暗に提示されているのではないだろうか。

 千歌の認識で興味深いのは、スクールアイドルを(梨子が想像していたような)「アイドルの一形態」「芸能人の一種」ではなく、漠然と「手を伸ばせば届く特別な存在」と見ていることだ。かなり抽象的であると同時に、「普通の子」と地続きかもしれない、という認識も垣間見える。ラ!で見られたスクールアイドル像とは、また少し違うのでは――そんな疑念すら感じられる。

 となれば、サンシャインの目標は「スクールアイドル(ないしアイドル)としてラブライブの頂点に立つ」ではなく、「燻っている自分から、輝いている自分になりたい」という、抽象度の高いものになり得る。そうなると、根底に立つのは、自己実現、自己肯定、といったものになりそうだが……1話時点でそこまで考えるのも、妄想が過ぎるというものである。

 ただ、Aquorsの物語が行き着く先は、他ならぬ彼女らの1stシングルで提示されているだろう。「君のこころは輝いてるかい?」と。彼女たちがどのように「太陽」へと至るか、それを楽しみにさせる1話だったことは間違いない。

 

雑記

  • 予感はしていたが、渡辺曜はことりポジだったようで。露骨なオタク殺しだったことりと比べて、フランクさと快活さが売りの曜ちゃんを眺めて、おそらく僕の推しは彼女になるだろうと確信めいたものを感じた。すげーセックスしてえ。

f:id:wasasula:20160703135123j:plain

  • ↑ かわいい。
  • ヨハネこと善子の素と演技の落差は、厨二病患い美少女のアーカイブを眺めているような心地になって、なるほどなという感じだった。
  • 生徒会長が割とへっぽこそうなので、ラスボス(ないし最終関門)は彼女ではないのだろうという予感は得られた。自己実現というテーマに沿えば、果南と「ニネンブゥリデス」の子が怪しそうだが、果たして。
  • 全体的にAquorsは演技力に安定感が感じられる。ド新人が混ざってるとはあまり感じられないので、きっちり仕込んでるのかなぁと思ってしまう。
  • なんでもない普通の子としての高海千歌と、音ノ木坂という「聖地」から現れ、ピアノという才能を持つ桜内梨子、という対比は率直にエモかった。梨子の行く先も気になるところ。
  • 「ラブライブは感情が極まった時に歌い踊るという点では宝塚やインド映画と似ている」と妹と話していた矢先のこの1話だったが、宝塚・インド映画要素はむしろ顕著になってるような気もした。劇ラ!の延長線上なのかなぁ。
  • 今後穂乃果がゲスト出演してCVが高山みなみになってたら笑う。

*1:劇ラ!エピローグで、雪穂と亜里沙が上級生っぽく振る舞っていること、タイの色が緑色であることを「3年生である」という仮定の上での話。