うらがみらいぶらり

チラシの裏のアーカイブ

労働者3年目にあたり、やはり社会に出なくてはならない人へ

 幸か不幸か、サラリーマン生活が3年目に突入した。

 

 3年目を祝うセレモニーなどあるはずもなく、つい前日までフィーバーしていた案件の後始末を粛々と行い、次に送られる案件のチュートリアルを受けていた。提示スケジュールはやはりタイトであり、今年も見習い尖兵として駆り出されるのだと悟ることができた。労働サイコー!

 さりとて3年で圧倒的成長を遂げたかと言えばそうでもなく、未だリザードにすら進化できていないヒトカゲレベルだろう。得たのはこのブログ程度だ。2年前のこじんまりな入社式の時に、濁った目で想像していた未来よりはマシなのが幸いか。

 これはまぁ人によりけりなのだろうけど、3年程度でクソのような大学生が立派な社会人になれるというのは早々なくって、「最低でも3年は勤めろ」というのはその点で的を射ている。

 実際、1年未満で転職を連打したことで、かえって選択肢が狭まっている人を何人か見ている。3年でようやく1/1の兵士になる、というのがよくあるキャリアパスなのかもしれない。

 

 そんなことを思ったのも、ニュースで「みんなの前で決意表明をさせられる入社式」という映像を見てしまったからで、母親ともども「うわぁ」と眉を潜めてしまった以上、こういうところとは血筋レベルで縁がないのだろう。新入社員に黙って親御さんからのメッセージを録音して聞かせる「サプライズ」も「うわぁ」となってしまったし、それはそれで辞めにくくなって大変なのではと思った。

 目標が高いのはいいことだ。けれどもつい先日まで、酒を飲み散らかしてはバスロータリーで吐瀉物を撒き散らすような若者が、やれ「立派な経営者になる」だの「日本を変える」だのを高らかに宣言するのも、いささか滑稽に見えてしまう。その前に尖兵になる必要に迫られるのである。

 

 こういったドン引きをテレビ越しに味わうのはまだ幸福だ。人によってはまさに今日はじめて入社先の異常性を悟る場合もある。

 しばらくは世界ウルルン滞在記の心地を味わえても、肌が合わないようでは定住は望めまい。幸いにも、そこを定住先にしなければいけない、という法律はないのだから、移住は早めに計画するべきだろう。

 とはいえ、どうみても法律サヨナラバイバイなところでないならば、ある程度の多忙さ、残業、休日出勤というのは、ある程度は受け入れるべきなのは確かだ。死なない程度ならば3年くらいはがんばる方がベターだろう。

 

 いずれにせよ、社会に出ることを「つらい」と感じるのは、至極当然の感情だ。それを恥じらうことはない。まずは「初任給をもらう」くらいを目標に、労働者として一歩を踏み出していけばいいだろう。