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『ビビッドレッド・オペレーション』レビュー(2013年執筆)

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 まず、アニメの視聴方法には、大まかに二つのスタンスが存在します。

 ひとつは「脳で観る」というスタンス。シナリオの論理性や、キャラの動向など、あらゆる要素を「考え」ながら視聴するというものです。

 もうひとつが「脊髄で観る」というスタンス。論理性も妥当性も無視し、作品に散りばめられたスペクタクルを直感的に受容し、言語化し得ないものを「感じる」という視聴方法です。

 このスタンスの選択を誤ると、アニメを適切に楽しめない場合があります。ビビッドレッド・オペレーションは、間違いなく脊髄で視聴すべき作品であり、脳で観た場合は、ありあまる大雑把さに発狂するでしょう。

 少なくとも2話まで見れば、ビビオペのシナリオは難色を示すところが多いと分かるでしょう。蚊をつぶすように軍艦や戦闘機がネウロイに破壊され、おそらく大量に死人が発生している中で、唯一対抗できるとされるビビッド戦士(仮称)の片割れが「本当はトマト大嫌いだったの!」と主人公に告白している。そのトマト嫌いを隠していたせいで必殺技が撃てないし人は死ぬし世界ヤバい。これでふるい落とされた人は結構多いでしょう。

 しかし、トマトをくれた親友にトマト嫌いを隠し、あまつさえ知り合った時に「この前くれたトマト美味しかったの!(大嘘)」と言っちゃったんですよ。そりゃ気に病むでしょう。世界の命運より、親友に嘘を隠している方が、よっぽど深刻な問題でしょう。これが普通なんです。等身大の中学生です。親友を救うために何度も時間遡行するような、強靭なメンタルは普通持っていないのです。

 ではなぜ、「トマト嫌いなの!」に対して嫌悪感を抱いてしまうのか。それは、シナリオとしては妥当ではないから、と考えてしまうからだと思います。「ヒーローはそんなみみっちい悩みを抱えちゃいけない」と考えてしまうため、「そこでトマトはねーよ」と思ってしまうのです。そう、考えてしまうから、楽しめなくなってしまうのです。

 ではどうすればいいのか。答えは簡単、考えなければいいのです。シナリオとかそういうのを一切考えず、目に見えたものに対し「そうだよなぁ」と脊髄で応じればよいのです。余計な思考プロセスを廃し、全てを直感的に感じる、感覚的なアニメとして観ることで、出力200%で楽しむことができるのです。

 そして感覚的視聴のための最大の誘導剤がドッキングでしょう。私は最初、合体技かなにかと考えていたのですが、よもや融合するとは想像だにしていませんでした。前ぶれもないキスからの融合。そして間髪入れずハチャメチャな必殺技。その場面を見た瞬間にですね、こうビビっときたんです。「このアニメはすごいぞ」って。一連の流れに、かつて戦隊ものを見た時に感じた「ときめき」を思い出したのです。

 そう、このレビューでなにを伝えたかったかというと、ビビッドレッド・オペレーションとは特撮ヒーローであり、子どもたちの夢の再演であるということです。かつて日曜の朝に感じた胸の高鳴りを、このアニメは僕らに思い出させてくれるのです。

 セーフティ解除!臨海突破!出力200%!ファイナル・オペレーション!

 鮮やかな様式美に、論理性は一切必要ないのです。

 論理ではなく、感覚で視聴する。ビビッドレッド・オペレーションが提供してくれるのは、お話でもキャラ萌えでもなく、子どものころ誰もが味わった、原始的視聴体験そのものなのです。

 

 

(このレビュー文章は2013年に作成し、当時属していた大学サークル会誌に掲載されたものです。)

 

 

 

 という感じで過去のレビューを発掘する遊びをするというのを思いついた。

 当時と今の差分が見たいのだけれども、ビビオペに関してはまるで変わっていない。まるで成長していないともいう。