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うらがみらいぶらり

チラシの裏のアーカイブ

労働で心がメチャメチャな時ほどソーシャルゲームにハマる

DIARY ゲーム

 放り込まれた炎上案件がようやく収束の兆しに入り、シルバーウィークが全滅した惨劇から一転、3週ぶりの「休日の土曜」を安らかな気持ちで満喫していた。昼まで寝て肉を食うわ酒を飲むわの大暴れをしつつ、合間合間にデレステを回すアホみたいな一日だったが、ひどく幸福と感じたのは水曜から昨日まで家に帰れなかった反動だろう。

 そう、デレステである。モバマスはさほどハマらなかった身だったが、デレステは多いに楽しんでいるし、気がつけば諭吉が1人、スタージュエルへと姿を変えていた。イベントもひとまず完走(=報酬小日向美穂)と10万位以内入賞(=報酬ウサミン)を目指して、血走った眼でiPhoneを叩いている次第だ。労働で蒸発したシルバーウィークも、ひとえにデレステのおかげで精神的にもっていたところがある。

 土日祝日がだいたい消失する中でデレステと戯れていて気づいたのは、「日常生活がつらいとソーシャルゲームにのめりこみやすい」ということである。

 ソシャゲーはだいたいが画面をタッチするだけの単純作業と資産管理で成り立ち、カードやスタミナ回復アイテムのマネジメントにさほど関心が持てないと飽きやすいものだと思っている。また、少なくとも僕は、操作とデータが多様あるいは複雑であるほどゲームは面白いと感じるため、それらがある程度単純化されたソシャゲーには魅力をあまり感じないことが多い。

 だが、複雑性に包まれたゲームは、疲労した心には負担となる。連勤Comboが積まれた心には荷が重い。そうなってくると、単純に画面を押し続け、得られた各種資産を効率的に回し続ける方が、相対的に得られる幸福量は多くなる。それが「ソシャゲーを楽しむ」という状況であり、実際僕がソシャゲーにハマったのは精神的にキテいる時期と重なるのだ。心がめちゃめちゃになっている時こそ、ソーシャルゲームの出番なのだ。カニカマでもカニの味を楽しめ、なによりコンビニで買えることこそカニカマの肝要なのだ。

 とはいえ、デレステは音ゲー内蔵型ソシャゲーであり、ただ画面を叩くだけのソシャゲーとは事情が異なるので、一元的な話に持っていけるわけではないのだけども。デレステは純粋に「3Dで動いてる!すげえ!」と感心するタイプのコンテンツでもあるし、その他の楽しみどころがかなり多い。その上でガシャとかいうギャンブルコーナーも設けられているので、本当に商魂たくましいと思う。

 とはいえ、ソシャゲーはやりすぎるとスタミナ回復に合わせて生活が縛られることになり、割と支障をきたすことがあるのでほどほどにしたい。とりあえず、10月2日に『GODEATER RESURRECTION』の体験版が配信されるようだし、そこから再調整していくよう心がけたい。