うらがみらいぶらり

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「シコリティのユニバーサルデザイン」について再考

 本日、以下の様な怪文書をインターネットへ放流した。

  これは唐突な思いつきというよりは、再考の機会である。以前、ヘスティア旋風を目の当たりにして提唱した「シコリティのユニバーサルデザイン」の、いわば再検討を行った次第だ。

wasasula.hatenablog.com

  上記記事では「いわばロリ巨乳こそユニバーサルデザインである」と述べたが、僕が現状カスタムメイド3D2で恋人にして着せ替えしてガッツリシコっている子はB78の控えめな胸である。ロリ巨乳は明瞭なシコリティの一つの到達点だが、絶対の回答ではない。そんなことに今さらながら気付いたのである。

 では、「シコリティのユニバーサルデザイン」とは、一体なんなのか?

 改めてユニバーサルデザインという言葉について調べ直していく中で、それは単一の様式ではなく、むしろ表現そのものにあるのではないのか、という仮説を立てるに至った。以下は、シコリティのユニバーサルデザインについての、あらためての考察である。

 

シコリティの7原則

 まず、ユニバーサルデザインをちょちょいと調べてみると、「ユニバーサルデザインの7原則」というものが存在するという。Wikipedia先生曰く、それは以下のようなものである。

  1. どんな人でも公平に使えること(公平な利用)
  2. 使う上での柔軟性があること(利用における柔軟性)
  3. 使い方が簡単で自明であること(単純で直感的な利用)
  4. 必要な情報がすぐに分かること(認知できる情報)
  5. うっかりミスを許容できること(失敗に対する寛大さ)
  6. 身体への過度な負担を必要としないこと(少ない身体的な努力)
  7. アクセスや利用のための十分な大きさと空間が確保されていること(接近や利用のためのサイズと空間)

(ユニバーサルデザイン - Wikipedia)

  ユニバーサルデザインとされるものが全て余すことなくこの要件を満たすかどうかは定かではないが、指標となっていることには違いないだろう。

 

 では、これをシコリティのユニバーサルデザインに当てはめるとどうなるのか? 

  1. どんな人でも公平にシコれること(公平な利用)
  2. シコる上での柔軟性があること(利用における柔軟性)
  3. シコり方が簡単で自明であること(単純で直感的な利用)
  4. 必要な情報がすぐに分かること(認知できる情報)
  5. うっかり二次創作ミスを許容できること(失敗に対する寛大さ)
  6. 想像力への過度な負担を必要としないこと(少ない妄想的な努力)
  7. おかずにするための十分な認知度と接触経路が確保されていること(接近や利用のためのサイズと空間)

 怪文書度合いが一気に跳ね上がる条項ができあがった。それぞれの項目についてもう少し掘り下げてみる。

 

1.どんな人でも公平にシコれること(公平な利用)

 個々人でシコリ方やシコリティの規模に差異が生じない、あるいは小さいことを指す。

 「このゲームのエンディングまでプレイする」などの前提条件は、シコるための敷居を上げるだけでなく、感度も変えてしまう。プレイヤーか否かでシコれ度合が変わるとうのは公平とはいえない。初見でも、深く知っても、平等にガッツリ射精できる。それがユニバーサルデザインというものである。

 

2.シコる上での柔軟性があること(利用における柔軟性)

 様々なシコ・シチュエーションが設定し得ることを指す。

 「レイプだけシコれる」というキャラもいるが、それは用途が限定されているともいえる。適応運用が少なければ、いずれネタ切れを迎える可能性がある。和姦も強姦も輪姦も、あらゆる状況に適応できることは、多くの人に受け容れられる秘訣である。

 

3.シコり方が簡単で自明であること(単純で直感的な利用)

 「この娘は屈服セックスが映える」と直感的に理解できることを指す。

 どのようにシコればいいかすぐに察せられないヒロインが実用には向かないことは、あまり言葉を多くして説明するところではないだろう*1

 

4.必要な情報がすぐに分かること(認知できる情報)

 3に関連する項目だが、区分けをするならシコ・シチュエーションの構成に必要な設定が明確かつ簡潔であることを指すだろう。

 つまり、複雑怪奇な原作設定を持っていると、スケベ本のような状況設定にどう持っていくか、考えるだけで力を使い果たす危険があるということだ。そういった場合は原作設定を根こそぎ切り落とすなどの対応が求められるが、無論原作から乖離する。限りなく原作そのまま使えることに越したことはないだろう。

 

5.うっかり二次創作ミスを許容できること(失敗に対する寛大さ)

 多少の二次創作設定ミスが生じても、シコる上では影響が少ないことを指す。

 これに関してはキャラクターごとに「絶対外してはいけない要素」がだいぶ異なるため、一概に言うことは難しいと思われる。ただ、ひとつだけ言えるのは、個々人の好みによる変形に耐えられるキャラクター、多様なシコリティを創出する素養を持つことである。東方と艦これがエロ同人市場を席巻した理由はこれに起因するだろう。


6.想像力への過度な負担を必要としないこと(少ない妄想的な努力)

 読んで字のごとく。3や4に関連する。

 パッと見て「イチャラブがシコれるな…」と連想できるような造形が、万人にとってやさしいデザインであることは言うまでもない。


7.おかずにするための十分な認知度と接触経路が確保されていること(接近や利用のためのサイズと空間)

 シコる対象がよく知られており、原作にふれることが容易であることを指す。

 「今はもう絶版になったラノベのヒロインなんだけどね」と熱弁されても、熱意は伝わるが実践に移るのは困難だ。また、参考のためにPixivやエロ同人を探そうにも、作品の認知度が低いとそもそもの絶対数が少ないことはザラにある。作品知名度とエロ同人の数はだいたい正比例するものである。

 

 以上の7原則は、「誰でも、わかりやすくシコれる」を実現するには、たしかに必要なものである。ロリで巨乳でなくとも、仮に上記7原則を全て満たしていれば、それは激烈なるシコリティの顕現となるはずだ。

 

 

シコリティの方向性

 7原則だけでなく、僕はシコリティそのものに「方向性」も存在し、ユニバーサルデザインに至るには重要であると考えている。それは、おおまかには以下のふたつが提示可能である。

 

(A) 統一性

 キャラクターのイメージ、あるいはデザインが、一方向に統合されているケースである。デザインの面でいえば、外観や様式の美しさを重視するタイプである。

 その代表格は『楽園追放』のアンジェラ・バルザックだと考えている。バランスのよい胸と尻に、金髪ツインテのツリ目という王道外見。それらをドスケベなSFボディスーツで包みあげたフォルムは、往年のSFにも通じながら、現代向けに洗練されている。例えるならスポーツカーのような美しさ、かっこよさがそこにある。エロティックなSFのイメージ具現である。

 また、『ソードアート・オンライン』のアスナも、王道の茶髪ロングに、ミニスカの騎士服という凛々しさと可憐さを併設したコスチュームで包むことで、クールとキュートの共存に成功している。イチャラブからレイプまでなんでもござれな万能性は、この「可憐な騎士」というデザイン統一が加担していると考えてよいだろう。

 統一性を重視した場合のメリットは、イメージが非常に強固になることだ。シコるためのシチュエーションを設定する時、明瞭なキャラクターイメージは強力な補助線として機能する。また、あくまでイメージであるため、具体的なスケベの内容は自由にしやすい。

 その面では汎用性が高いともいえ、エロの界隈では長生きしやすい部類ともいえるだろう。

 

(B) 特化性

 キャラクターのある要素にひたすら特化しているケースであり、早い話が「巨乳」といった特徴をプッシュするタイプである。

 前クールで『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』のヘスティアが猛威を振るったのは、「ロリ巨乳」というアンビバレントデザインもさることながら、最も強い要因は「巨乳を強調するデザイン」である。それが「神の青い紐」であることは言わずもがなである。種別としては、ヘスティアのような「強調」か、すーぱーそに子のような「極化」が存在するだろう。

 特化性を重視した場合、用途が明確になる点がメリットといえる。ヘスティアもそに子も、アピールポイントはその豊満なバストであり、シコる際もこれを基軸とすれば一瞬で射精し得るものである。単純ながら高火力であるため、初見ですら「この子はこうシコるんやな」と瞬時に理解できる点は強みである。

 プッシュする点が明瞭であるため、二次創作として世に出るまでの速度も速いことが多く、瞬発力が高いといえる。ただし、単一特化のため短命に終わるケースもある。

 

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  参考:方向性ごとに各ヒロインを並べた図

 

 統一されたシコリティの美しさと、特化されたシコリティの力強さ、どちらがいいかは完全に好みの問題である。ちゃんと設定を妄想してじっくりシコる人もいれば、絵だけを見て飛脚のようにシコる人もいる。それぞれに適応したデザインであると念頭に置くだけで大丈夫だろう。

 なお、アンジェラは結果として尻という特化要素を持ち、ヘスティアの各パーツは紐を含めてかなりバランスを保つデザインによってある種の統一感を得ていることから、方向性は二重に持ちうる可能性についても考えなければならないだろう。

 

 

 とりあえずシコリティのユニバーサルデザインについての再考は以上になる。

 デザインというのは単純に言語化できるとも限らないため、まだまだ埋もれているファクターがある可能性も十二分に考えられる。そもそも、半分は勢いでひらめいてるフシもあるので、さらに深化した検討も試みたい。

 ユニバーサルデザインという言葉を持ち出す中で、「万人がシコれるキャラクターは存在するのか?」という疑問も芽を出しつつある。限りなく無駄で深遠な問題だが、時間と心が許す限りは考えていきたい。

 

*1:無論、その「難解さ」を好むケースもあるにはある。モザシコがその一例ではないだろうか。