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うらがみらいぶらり

チラシの裏のアーカイブ

ごちシコ論入門 第4回 チノシコをめぐる4つの主義

えっちな話 ごちシコ論 PUBLISH

 第3回では、ごちシコ市場全体の現況を調査し、明らかになったチノシコのヘゲモニー性について論じた。

wasasula.hatenablog.com

  その根幹とは、インモラルを許容するファンタジーの希求、小学生に見える13歳JCに「お兄ちゃん」と呼ばれたい豚たちの叫びであり、実にスケベ本のチノ登場率7割超えという大記録を樹立する原動力となった、ということまで述べた。では、チノに対する性的視線とは、どのように可視化され、具現化されるのか?

 今回は、チノシコの実践を見据えつつ、チノシコの具体的な形について述べていきたい。

 

チノシコ本のジャンル区分

 とにもかくにもデータが必要だ。そこで、前回の調査結果からチノ本のみを抽出し、それらを内容ごとに分類してみた。以下がそのグラフである。

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 総計12冊の内訳を眺めてみると、チノシコ本はおおざっぱに分ければ、次の4種に区分できることがわかる。

  • チノに「お兄ちゃん」と呼んでもらいたい派(俺嫁主義)
  • チノがひとりでしているところを覗きたい派(自慰主義)
  • チノとココアがレズってるのが最高でしょ派(百合主義)
  • チノが犯されてるのめっちゃ興奮するよな派(男根主義)

 あらためて見ると、単一のキャラながら、多様なニーズが存在することがわかる。この要望の多様性こそが、チノシコをヘゲモニーたらしめた最大の要因である。

 では、それぞれのニーズについて、以下で考えていきたい。

 

1. 俺嫁主義

 古来よりエロ同人において、「このキャラは俺の嫁」という前提のもと、まるで読者と行為に及んでいるかのように描かれているものは常に一定の地位を有している。たとえ原作に恋仲がいようと、その好感度を無視して睦言を具現せしめる力こそ、二次創作の原点ともいえよう。

 チノにおいて特筆すべきは、「俺の嫁」ではなく「俺の妹」というニーズが多いということである。「お兄ちゃん」と呼ばれたいロリコンでラビットハウスはあふれている。

 ただし、チノは「兄弟はいない」という原作設定を有するため、それに則って「お兄ちゃんと呼んでもらう血の繋がらない存在」という設定を用意するケースが一般的のようだ。つまり、呼び方が特殊なだけで、本質的なところは俺嫁と同一である。まぁ「お兄ちゃん」って呼んでくれる幼なじみってチノに関係なく最強ですよね。

 もっとも、エロの文脈において、兄妹とはセックス可能な関係として定義されるので、嫁と妹の差異について考慮する必要はないだろう。

 

2. 自慰主義

 「女の子のオナニーを覗く」というシチュエーションは決して超マイナーというわけではないはずだが、一歩進めばチンポinという世界において、わざわざ自慰を覗き見るというまどろっこしいルートを選ぶ人は決して多くない。現実にはのぞき部屋という需要こそあれど、挿入が可能なら挿入したいというのが、世の男子の実情だろう。

 殊にチノでこのパターンが確認されるのは、いわゆる「ソフトなエロ」に分類されるからだと思われる。

 きらら系作品には、男性が登場しないことはめずらしくない。ごちうさにおいて、登場する主要な男性はチノ父だけと言ってよいレベルだ。そうした原典である以上、二次創作でうかつに男根を出すと「原典の逸脱」として反感を買う確率が高い。

 このような場合でも、「かわいい女の子がオナニーをする」というシチュエーションは比較的問題なく受け入れられることが多い。思春期の少女なら、異性との性行為よりも体験する確率が高いからだ。

 また、ごちうさみたいな男女比が極端な作品の場合、おおむね百合カップリングが成立しているため、「好きなあの子を想って…」といった状況を設定しやすい。このため、自慰主義は次項の百合主義にも区分し得るだろう*1

 

3. 百合主義

 百合とはいうものの、「百合っていうのは性的なものを排除したプラトニックなものなんだよ!」という主義を考慮すると、正しくは「レズ主義」と呼ぶべきだろう。

 もっとも、きらら系のような美少女博覧会において、性愛ではなく親愛としての「百合」という関係性は、恐ろしいほど容易に性的な間柄へと解釈される。百合とレズはほとんど地続きなんじゃあ、というのが個人的な見解ではある。

 という厳密な百合の話はひとまず置いといて、チノのカップリングとして筆頭となるのはココアである。このため、二次創作の場になると、2人がレズい行為に及びやすいようである。というより、チノはココアに言い寄られ攻められやすい上、上述の通りココアのことを想って自慰してしまうように、チノのえっちな行為はココアが触媒になりやすいのだと思われる。

 ココアの存在がチノの中でどんどん大きくかけがえのないものになる過程は、他ならぬ原作にて描かれている。原作から引いた補助線を元に構築するものが多いことから、ココアとチノのレズセックスは、原作からもっとも近い位置にあるチノエロと言えよう。少なくとも虚空から竿役を召喚するよりは。

 

4. 男根主義

 この主義についてはそこまで説明が不要であろう。ヒロインをハチャメチャに犯したいというマッスルな欲望の顕現である。俺嫁主義なんかよりよっぽど強い勢力とも思われる。

 ただし、チノの場合はその年齢から、レイプに関しては完全なファンタジーであり、究極的な非日常性が動機となる可能性に着目すべきだろう。合法的にえっちしたって年齢的にはNGだが、強姦は完全に違法である。法を破ることができるファンタジー空間として、チノをハチャメチャにするスケベ本は存在すると言えよう。

 

 

 以上が、考え得る限りのチノシコの種別である。

 それぞれのジャンルは、そのままチノシコを実践に移す際のベースとなる。イチャラブか、レイプか、レズか、はたまたオナニーか。基本軸をひとつ据えるだけで、シコ・ビジョンの構築は非常に安定するようになる。

 なお、上記以外の可能性として、「魔法少女チノ」から発展させた「触手」という区分も考えられる。実際、百合主義にカウントしたもののうち、1冊は魔法少女チノをネタにしたものであり、ココアが触手を召喚していた。最終的にレズっぽくなるので、もし一ジャンルとして大成した場合は複合ジャンルとなるだろうか。

 上でも述べたが、チノは非常に多様なニーズに対応できる、稀有なヒロインである。ヘテロもレズもいける万能性は、あなた好みのご注文に応えることが可能だろう。

 もっとも、ごちシコの中でも、チノシコが一番インモラルな領域にいることだけは、ゆめゆめ注意されたし。

 

 

過去講義一覧

*1:実際に今回確認された自慰本は、2冊ともココアへの想いが高まったことでしてしまう、というものだった。