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うらがみらいぶらり

チラシの裏のアーカイブ

イナゴ、スカラベ、ピラニア

 時にこれほど人をいやな気持ちにさせる言葉があるだろうか。

「ネットイナゴ」

 いやな響きだ。「イナゴ」だけでも卑しくて腹立たしいのに、そこに「ネット」ときた。ひどくみみっちいものに見えてくる。

 もちろん、意味としては「炎上に群がって無責任に叩きまくる群衆」であり、このジャーゴンがどんな文脈で使われているかについて、今さら語る必要もないだろう。

 気になるのは、彼らが「イナゴ」であることだ。

 イナゴ以外ではダメなのか。バッタではダメなのか。

 そんな考えが浮かんだとき、ふと「群れて食い荒らすいきもの」にはどんなものがいただろうか、という疑問が生じた。

 

 すると、僕の頭の中にある虫が現れた。スカラベだ。

 なぜスカラベなのかよくわからないが、やはり「イナゴの軍勢」とくると、「スカラベの大群」なのだ。そして僕個人は「スカラベの大群」によくお世話になったのだが、それは脇に置いておく。

 スカラベはこわい。なにせまず、「スカラベ」という響きが、なんか怖い。そしてやつらは群れをなして獲物にたかり、あっという間に骨だけにしてしまうのだ。イナゴなんかよりもよっぽど恐ろしい。

 そんなものがネットにいたらどうなるのか。

「ネットスカラベ」

 見るからに恐ろしい。やつらは、見えないところから現れて、のほほんとインターネッツに突っ立ってる人にたかり、瞬く間に食い散らかすのだ。ぞわぞわと、足元からであろう。残るのは骨だけだ。なんて恐ろしいんだ。

 と、ここでスカラベはどうしてそんな食性なのかが気になった。とりあえずWikipediaに尋ねてみると、とんでもない答えが返ってきた。

おもに哺乳動物の糞を転がして球状化させつつ運び、地中に埋めて食料とする。

 なんだって。人間を襲って食べるんじゃないのか。糞なのか。糞を食べるのか。これじゃあフンコロガシだ。戸惑う僕に対し、Wikipediaは「スカラベの登場する作品」という項目で『ハムナプトラ』を挙げつつ、さらなる真実を告げてきた。

(中略)自分より大型の生き物へ集団で襲い掛かり捕食する肉食の甲虫「スカラベ」が登場する。名前こそ「スカラベ」であるが、肉食であったり、オサムシやエンマムシ、クワガタムシのような大きく鋭い大顎が備わっているなど、全く架空の生き物である。

 そうか、人を食べつくすスカラベは架空の存在なのか。「スカラベの大群」はつまり『ハムナプトラ』の世界からやってきたのか。ひどくびっくりしたが、長年の誤解が解けたのはよいことだ。

 だが、これで「ネットスカラベ」の線は消えた。スカラベは食い荒らさない。食べるのは糞だけだ。そんな虫に「ネットイナゴ」の代打は務まらない。

 

 他になにかいないか。ちょっとだけ考えていくと、自然と一匹の魚が思い浮かんだ。ピラニアだ。

 ピラニアはこわい。やつらは、アフリカやアマゾンとかの川に住んでいるだろう。そして川に落ちた動物や人によってたかって、鋭い牙で食い散らかすのだ。川は血で染まり、残るのは骨だけだろう。なんて恐ろしいんだ。

 と、ここでスカラベの教訓が脳裏をよぎる。「そのピラニアはイメージの産物ではないのか」と。

 そこでやはりWikipediaに質問する。あまりWikipediaに頼るのもバカみたいなのでやめたいが、図書館はもう閉まっている。Wikipediaはいつでも疑問にある程度回答してくれる。そして、やはり出鼻から驚きを提供してくれた。

ピラニア(piranha、piraña)は、アマゾン川など南アメリカの熱帯地方に生息する肉食の淡水魚の総称である(特定の種や属を示す単語ではない)。

 総称なのか。「クロマグロ」みたいな特定名詞ではなく、「コギャル」みたいな不特定多数を指すことばなのか。

 さて、「人を食い荒らすピラニア」はいるのか。

概して臆病な性質であり、特に単体での性格は極端に臆病であるため群れることを好む。自分より大きく動くものに対しては、すぐ逃げ出す傾向がある。

血液臭や水面を叩く音に敏感に反応し、群れ全体が興奮状態となると水面が盛り上がるほどの勢いで獲物に喰らい付く。

 臆病だが、やはり獲物を食い荒らすようだ。さすがに人が骨になるのはフィクションらしいが、それでも観賞用のやつに噛まれる事故はあるようだ。

 なんて恐ろしいんだ。そうおののいていると、ある一文が目に入った。

ピラニア自体はたんぱく質が豊富で、現地では食用とする。

 ピラニアは食べられるのか。現地の食卓に並ぶのか。なぜか、この一文に心が和んだ。

 

 さて、以上を総合すると、こういう存在はありうるという結論に至る。

「ネットピラニア」

 見るからに恐ろしい。やつらは、血のにおいをまき散らしたものをインターネッツで見るや否や、大挙して喰らいつくのだ。あっという間に食い荒らされ、散り散りの肉片だけが残るだろう。

 まさに、あの手の集団を表現するには適当だ。しかし、もし仮に彼らを「ネットピラニア」と呼んだら、どうなるだろうか。

 

「お前たちはネットピラニアだ」

 

 こう非難した時、彼らは次のように返してくる気がする。

 

「へへッ、そうさ、俺たちはピラニアさ。食われたくなかったら近寄るんじゃねえぞ」

 

 つけあがる。間違いなくつけあがる。「ピラニア」ということばには、どことなくそんな響きがある。

 ではスカラベはどうか。

 

「お前たちはネットスカラベだ」

「そうさ、俺たちはスカラベだ。たかられたくなけりゃ、ピラミッドには踏み込まないことだな」

 

 つけあがる。スカラベもつけあがるだろう。そもそも「スカラベ」という響きがいけない。どこか恐ろしいが、恐ろしさはある種のかっこよさにも転化する。

 そう考えると、イナゴはすごい。

 

「お前たちはネットイナゴだ」

 

 こう言われて、「自分はイナゴさ」と自負するような輩はそうそういない。

 

「なんだよ、イナゴってのはないじゃないか。せめてスカラベだろ。イナゴはねえよ」

 

 ここにきて思ったのは、「人はイナゴ扱いされると怒る」という可能性だ。

 イナゴは比較的どこにでもいる。佃煮にしてしまうほどありふれたものだ。しかし、イナゴは害虫だ。米を食い荒らす。

 人を食らうのは恐ろしい。しかし、米を食い荒らされた時、人はこう感じるのではないだろうか。

「なんてやつらだ」

 憤りだ。恐怖よりも怒りが勝る。イナゴは日本にとって、常に憤りの対象として存在しているのではないか。それをみんな無意識でもおぼえているからこそ、イナゴ呼ばわりされるとイラッとするのではないだろうか。

 

 この手のジャーゴンに与えられた最大の役割は、「レッテル貼りによる攻撃」だ。「バカ」だの「クソ」だの、そういった罵倒のことばが最も効果的に作用する。

 そして、もののたとえを用いる場合には、なるたけ「たとえられるとムカつくもの」を挙げた方がいいことは、容易に想像できるだろう。

 スカラベやピラニア、あるいはハイエナ、場合によってはシカもあるだろう。どれでもいいはずだが、より卑しく、みみっちいものがいるならば、攻撃力を高めるという点ではさらに適役になる。そうなってきた時、イナゴはこれ以上となくうってつけの存在になるだろう。

 

 ネットにスカラベはいない。ピラニアはいるかもしれない。しかし、やはりネットに群がっているのはイナゴだ。そして、イナゴは常に、レッテルを貼る側によって生産されている。