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うらがみらいぶらり

チラシの裏のアーカイブ

「ヘスティアの紐」に1000円を出すひとびと

アニメ イメージ PUBLISH

ここに一本の青い紐がある。それだけでは、そこまで価格はつかない。しかし、この紐に次のような名前を与えてみよう。

「ヘスティアの青い紐」

ロリ神様のおっぱいを支え、持ち上げる奇跡がごとき紐。もちろんフィクションの存在だ。では、それが現実に手に入ったら、いったいどうなるのか。

結果としては、やたらと売れるのである。

 

ただの青い紐に「ヘスティアの紐」と名付ければ、1000円というどうみてもおかしい価格設定でも売れる。しかし、おそらく購入する人にそんな疑問は生じないだろう。

「おっ! ヘスティア様の紐か! 買っちゃおうかな〜!」

このぐらいの短絡さで、紐は1000円札とともにレジへ差し出されるのだ。

 

 

ここで、人は「青い紐」を買っているのではない。「ヘスティアの紐」を買っている。

もちろん、ヘスティアというキャラクターは虚構の存在だ。ゆえに、「ヘスティアの紐」というのは情報である。情報を付加された紐ーーというよりかは、「紐に付加された情報」に金を払っている、というべきだろうか。

情報を付加されたしょうもないものは、オタクコンテンツに限らず、いたるところで見ることができる。キャラかなにかをプリントした安物のシャーペンが、2000円もの価格で平然と売られる。そういう場がコミケであったり、あるいはライブ会場である。そこで人々が求めるのは、まさに「キャラ」という情報だ。

「けいおんの田井中律の使っていたシャーペン」

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そういうふれこみで、LAMYのシャーペンが2000円で、かつてアニメイトで売られていた。そして、高校生だった当時の僕は迷わず買った。その時、僕はシャーペンという「モノ」でも、LAMYという「ブランド」でもない。「りっちゃんが使っていた」という「情報」が購入の決め手だったのだ。

こうして、いろんな人が、モノに付加された「情報」を買う。

 

「モノに付加された情報」といえば、食べ物も大きいだろう。

ただの野菜よりは、「有機農法で育てられた」という野菜。ただの鮭よりは、「アラスカ産」のサーモン。もちろん、これらは実際に味や質にも関係する要素だが、なによりそれらが書いてあること、それが購買につながることがある。

「有機農法なら安心ね。ただのほうれん草じゃあ、ちょっと…」

「アラスカ、やっぱりアラスカだよな。どこでとれたかわからない鮭なんて…」

こうして、いろんな人が食品に付加された情報を頼りに、「よい食品」を品定めている。

 

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また、作られた過程によっても、人は食品へのイメージが左右されると思う。

大学時代、ゼミでおもしろい実験が行われた。

2種類のビシソワーズを作り、その味を比較してもらう実験だ。それぞれのビシソワーズは、食べる前に調理過程の映像を見せる。一方は、汚い台所で、使いまわした布を使ってスープ濾す映像を見せる。もう一方は、きれいな台所で、清潔な布を使ってスープを濾す映像を見せる。片方の映像は薄暗く、もう片方の映像は明るい色調だ。さぁ、どちらがおいしいのか。

お察しの方もいると思うが、試食させられるビシソワーズと、直前に見せられる映像はすり替えられている。「人は調理過程という情報にどれだけ影響されるか」という実験だ。結果としては、「きれいな映像」を見た直後に飲む方=「汚い映像」の調理過程で作ったビシソワーズがおいしいと感じる人が、半数はいた。

この時に味わい、評価していたものは、スープの味そのものよりも、「どのようにスープが作られたか」という情報だったのかもしれない。

 

らしんばんで売られた1000円の「ヘスティアの紐」は、なんと完売したという。つまり、それだけの人が、「ヘスティアの紐」という情報に1000円を出したのだろう。

家に持ち帰れば「ただの青い紐」になる可能性もある。ただの紐に1000円を出した自分を恥じる可能性もあるだろう。だが、それが「ヘスティアの紐」という情報を持っていると信じる限り、それは間違いなく「ヘスティアの紐」であり、1000円の価値を持つだろう。

世の中には、たくさんの「モノに付加された情報」があふれ、売り物として出回っている。その風潮は、カトリック教会で贖宥状がたたき売りされていた頃と、あまり変わらないだろう。

人は情報に信頼を寄せ、その対価として、お金を出す。「神の紐」に差し出される1000円には、ヘスティアへの信仰がこめられているのだろう。そうした人々を見据えて、今日も仄暗い商魂が活動を続けている。