うらがみらいぶらり

チラシの裏のアーカイブ

「無価値な死」という価値 ~艦これアニメ 如月轟沈についての所感~

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艦これの海が燃えている。

事の発端は3話最速放送、その最後に訪れた如月の轟沈である。「日常7割のほのぼのエセ学園モノでしょ〜」とヘラヘラしていた視聴者は、突貫工事で立てられたフラグから発進した深海棲艦艦載機の爆撃によって、水底へと叩き落とされたのである。

如月提督はしめやかに葬儀をとり行い、その他提督も突然の訃報を前に驚愕した。暴徒化し公式垢に噛み付く者が現れ、便乗してか捨て垢で噛み付く者が追随、その光景を「炎上だwww」とクソアフィブログが盛り立てた*1。史実組は次の犠牲者にチップを乗せ、クソアニメウォッチャーは「雑だ」と騒ぎ、リョナLOVEオークたちは手を叩いて宴を始めた。

はっきり言おう。これほどまでの地獄を見たのはひさしぶりだ。

このような凄惨たる状況を生み出した「如月の死」とは、一体なんなのか。「不人気を殺していく」「雑な殺し方」などと言われる彼女の最期は、「1話で回想とフラグ回収を行う」という相当な無理ゲーが原因に他ならない。「1〜2話で丁寧にフラグ立てれば…」と惜しむ声も見られる。ゲーム未プレイ者から見れば、「よくわからない女が取ってつけたように死んだ」としか思えない展開がそこにある。

吹雪や睦月の成長にはつながるかもしれない。しかし、そのために掘り下げもなく沈められたのでは、いかに原作・史実再現とはいえ、たまったものではないだろう。

では、如月の轟沈は無意味のまま終わるのか。僕はそうではないと思う。彼女の轟沈は、「艦娘」という人と物の境目に立つ存在だからこそなせる、「淡々と無価値な死を描く」という実験の始まりである、という可能性を見出だせるのだ。

以下では、「笑いすらとれぬクソアニメ」と一蹴する前に試みるべき、アニメ版艦これの視聴スタンスを、仮説レベルであるが提示していきたい。

 

 

「残虐で悲惨な最期」という価値

かわいい女の子がむごたらしく死ぬ。その代表格の一角は『エルフェンリート』だろうか。そして『エルフェンリート』を知らずとも、この手の作品として多くの人がまどマギを認知している。

首をもがれ、臓器がはじけ飛び、深く絶望することで訪れる美少女の最期は、見慣れていようとも、視聴者の記憶に鮮烈に刻まれる。直近でも『クロスアンジュ』で口から血を吐き散らして死んだココというキャラがいたが、その時の1カットだけで彼女の存在は広く認知されている。そう、「残虐で悲惨な最期」を迎えたキャラは、人々の記憶に残りやすいのだ。

視聴者に末永く覚えてもらうこと。それはキャラクターにとって、基本的だが最も重要な価値である。誰にもおぼえてもらえないキャラクターは、「無意味な存在」と宣告されているも同然だ。ココも巴マミも、「残虐な最期」によってその存在を絶対のものとしているのだ。

如月の轟沈はこの点において不利だ。轟沈の原因は「戦場でボーっとしていたら爆撃された」とスタンダード*2、轟沈演出も服が破けてブラチラさせながら眠るように海底へ沈むだけだ。加えて最後の言葉は「如月のこと…忘れないでね…」という原作の轟沈時セリフ。直前の睦月との馴れ初め回想など、あまり関係ない今際の言葉だ。

視覚的ショックも、物語的ショックも薄い退場は、「轟沈セリフを言わせたいがためじゃないのか」と邪推させるほど取ってつけた感が強いものである。「地味な最期」を与えられた如月は、艦これ原作プレイ経験がない限り、「残虐な最期」を迎えた先人たちのように「鮮烈な記憶」として残りにくいだろう。

 

「無価値な最期」という価値

記憶に残らない最期とは、「あっけない最期」とも言い換えられる。如月の轟沈シーンは、フラグこそ見え見えだったものの、その瞬間はまさに「あっけない」ものだった。「あっ」という間に爆撃され、「あっ」という間に水底へ。死に方としては薄味といえよう。

しかし、散々に言ってはいるものの、実際に戦場で死ぬ時は案外こんなものである可能性が高い。よそ見をして頭を撃ち抜かれる味方の最期は、FPSをプレイしていれば頻繁に遭遇するだろう。

「死は唐突に誰にでも訪れる」という思想は、物語に華を添えがちな「死」という事象を無価値にする。そして「無価値な最期」は、艦これ原作でも「うっかり大破進軍轟沈」といった形で降りかかる。「艦これにグランドシナリオはない」と以前述べたが、物語がなくとも死は突然にやってくるのである。

如月の「あっけない」轟沈が残したものとは、「艦娘は無価値に淡々と死に得る」という事実そのものである。大した掘り下げもせず、初見なら感情移入すら困難な少女が、脈絡もなくあっさりと死ぬこと。それは、「少女が世界を救うために戦う物語」というヒロイックな土台とくらべてあまりにも異質であり、だからこそ槍玉に上がっているのだ。

だが、見方を変えれば、「ヒロイックな物語でもあっけなく死ぬ」というのは、それだけで一つの特徴になり、もっと言えば見どころになる。如月の最期は、全身を血だらけにして、息も絶え絶えに睦月へ感謝の言葉を伸べ、彼女の腕の中で逝くものではない。油断をした瞬間に唐突に訪れるものだ。哨戒中の兵士が、潜伏中の特殊部隊に狙撃されてあっけない最期を迎えるように、艦娘たちの最期もあっけないものであると、如月は身を持って示しているのである。

無論、このような轟沈は、3話だけの可能性もある。だが、もしこの後も如月のような轟沈が頻発する場合、「あっけなく死ぬ艦娘」そのものが最大の視聴ポイントとなることは相違ない。そして、「残虐で鮮烈に少女を殺す」から「無価値に淡々と少女を殺す」へと、トレンドが大きく舵を切る可能性も十分に考え得るだろう。

 

「艦娘」の”物”性

上記のような最期があると理解しても、如月の最期は薄味だ。

身体が吹き飛ぶこともなく、それどころか一滴の血も流れない。壊れるのは服だけであり、覗くのはピンクのブラだけだ。子供向けアニメならまだ分からないでもないが、艦これは深夜アニメである。『プリキュア』のように負傷や死を婉曲に表現するべきルールはないし、キツいなら『テラフォーマーズ』のように黒ベタ塗りすればよいのだ。

なぜ、沈みゆく如月には傷ひとつつかず、眠るように轟沈したのか。そこから見えてくるのは、「物としての艦娘」である。

艦娘とは、軍艦を擬人化した存在である。つまり、もとを正せば軍艦という兵器であり、「物」である。兵器という「物」である以上、使い続ければ壊れるし、軍艦は敵の攻撃で容易に破壊される。むしろ、ある程度は損害を前提に使うものであり、破壊されて沈むことが想定されたものだ。無論、人を乗せるものである以上、容易には沈まないようになっているものの、人命と船を天秤にかけて「船の方を救うべき」となることはまずあり得ない。

思うに、沈められた時の如月は「人」ではなく、「物」だったのではないだろうか。兵器が破壊される瞬間にドラマは生まれにくい。戦争映画でも、吹き飛ばされる戦車の思い出話がインサートされることはそんなにない。主人公たちが乗った戦車ならまだしも、ぽっと出のモブ戦車は数秒で爆破炎上するのが常だ。そして、艦これ原作というバックグラウンドを引っこ抜けば、アニメの如月は脇役もいいところだ。

如月のあっけない轟沈とは、「艦娘の本質は兵器である」という制作サイドからのメッセージではないだろうか。血も流さず沈みゆく彼女は、燃料と弾薬と鉄とボーキサイトを煮詰めて作られた「物」であった可能性を、あの作中要素からどうやって否定できようか。そして、「物」ゆえにあっけなく最期を迎えるとするならば、そこには「多数のキャラクターを生産して掘り下げることなく使い捨てる」という、ソーシャルゲームの本質すら描かれているとも解釈できる。実際、脈絡なく原作セリフを話す姿は、物語なきキャラクターをどうにかして動かすための、努力の結晶ともいえる。そして、動かしようのないキャラクターを破棄し、生き残った者たちの駆動力とするならば、作劇としては下策だが「ソーシャルゲームのアニメ」としてはむしろ上策であろう。

 

しずめますか、しずめませんか

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しかし、そうはいっても、如月を「軍艦の擬人化」ではなく、「ひとりの人間」として見ている人は大勢いる。そもそも、乗り物や武器を大切な相棒とすることは、フィクションに限らずよくあることだ。ゴーイングメリー号との別れを前に、麦わらの一味がガチ泣きするように、苦楽をともにした「物」は換えがきかない存在になることがある。ましてそれが人の形をしていれば、なおさらだろう。

艦これ原作そのものは、キャラクターを掘り下げるということをあまりしない。突き詰めれば彼女たちはユニットというデータだ。だが、二次創作しやすいスカスカ構造と、二次創作を許容する原典側の姿勢によって、艦娘たちは人々の間で、確固たる物語を持つ「人」となってしまった。無論だが、そんな彼女たちに「沈め」などと言えるはずもないだろう。

思うに、アニメ化がもう少し早ければ――それこそサービス開始直後に実現すれば、「兵器としての艦娘」として、3話で沈めたところで「そんなものか」「史実に従ってるなら仕方ないな」と飲み込めたかもしれない。2年という歳月が、艦娘を容易に沈めてはいけないという空気を作ってしまったことは間違いない。時計の針は戻せない以上、艦これアニメはこれ以上沈めさせないか、開き直ってバンバン沈めていくか、どちらか一本で徹底していくべきだろう。沈めたらダメ派と沈めるべき派の呉越同舟では、天下のKADOKAWAといえども転覆するだろう。

それにしても、不意に3話で掘り下げなく沈められ、「こいつ誰?」「ゲームやってるのに知らねえ」などと言われた挙句、炎上案件としてクソアフィブログのダシにされた如月は、2015年の「悲劇のヒロインレース」をトップを切って躍り出ている。原作由来の如月提督が轟沈を悼んでいることが、彼女にとって唯一の救いだろう。

もちろん、ここで話題にしている時点で、このブログも如月をダシにしていることになる。「震災を語る時とは、その犠牲者をダシにしていることでもある」と、以前に宮沢章夫先生が言っていた気がするが、艦娘たる如月についても事情はそう変わらないだろう。

主人公の成長のための「死に役」があるとしても、前述した通り、如月を死に役にするなどありえないと考えている人は大勢いる。艦これアニメと轟沈について語る時は、この点に注意したい。

 

 

おまけ:今後の艦これアニメの予想

あっけなく沈んでしまった如月。さて、今後の展開はどうなるのか。上に記したことが全部沈没するものも含め、考え得るものを列記する。

 

①吹雪と睦月が絶対殺すマンになる

 ありがち。でも一番見たいのはこれ。殺戮マシーンの艦娘ってステキやん?

 だけどほわほわ日常な空気と、気の抜けるサブタイトルからして、可能性は低そう。

 

②二体目の如月がドロップする

 公式サイドがドロップの裏事情を説明する気があるなら。「深海棲艦の中から出てきて、でも以前の記憶は忘れてる(だからレベル1)」という理屈付けがなされ、またも戦争が起きそうな展開。

 個人的に一番ありえそうだな、とは思う。というか話は作りやすそう。戦歴ではお姉さんの如月を今度は睦月が教導するとか。

 

③如月生存

 クソオチ。ビビオペとゆゆゆが大好きな身が言えたものではないが。

 これだと長門の「轟沈です」というセリフが「死亡確認」並みのフラグクラッシャーになるので、それはそれでアリだと思う。

*1:捨て垢組は工作員であり、記事を作るために公式垢に噛み付いていたのではないか、というウワサまで立っている。

*2:ちなみに史実そのままの展開なのだとか。