うらがみらいぶらり

チラシの裏のアーカイブ

「ソープ枠」としての今季4大ラノベアニメ

アニメというものは、見れば見るほど愛着が湧き、新たな発見をもたらすものである。

特にクソアニメであれば、徐々にクソアニメなりに楽しみを見出だせるようになる。また、牛のように反芻することで、「あれ、これってクソアニメじゃなくね?」という気付きも得られることがある。

2015年冬 クソラノベアニメの旅を記してから2日、筆者の中でも様々な発見があった。『アブソリュート・デュオ』は依然として虚無だが、胸焼けしない上質な水アニメとして、今や生活になくてはならないものになりつつある。また、『聖剣使いの禁呪詠唱』についても、突き抜けたクソアニメとして、立派なエンターテイメントとして見定めることができた。禁呪に飲まれ発狂しなかったのは、不幸中の幸いだ。

また、『アブソリュート・デュオ』は結局ハーレム化すること、『銃皇無尽のファフニール』から「主題歌をアナ雪のアナ役が歌ってるので実質アナ雪」というダークマターが生成されていること、『聖剣使いの禁呪詠唱』はあの「ジュエルペット サンシャイン」を手がけた監督作品だということ、『新妹魔王の契約者』はニコニコ配信がないことなど、様々な事実が明るみになった。それぞれが一長一短、甲乙つけがたい特徴を有し、凍えるような冬に鮮やかな彩りを添えている。

こうした中、先日「石鹸枠」なる言葉があることを知った。「新日常系」の亜種かと思いきや、どうもニコニコ発祥の言葉らしい。その単語から連想されたのは、池袋北口に広がるソープ街のネオン、トルコ風呂の淵に花咲くヒロインの肖像だ。

今回は、「ソープで指名したいラノベヒロイン」という切り口を持って、ラノベアニメの楽しみ方の読解を試みる。

 

 

はじめに:「石鹸枠」とはなにか

ニコ生発祥の単語である以上、まずは大百科を掲載する。

石鹸枠とは (セッケンワクとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

ざっくりまとめれば、昨年春に放映された『星刻の竜騎士』のOP空耳をもとに、『星刻の竜騎士』や『精霊使いの剣舞』のようなアニメを指す単語として生を授かったものが、「石鹸枠」なる単語であるらしい。ニコ生的には、木曜24時30分からの放送枠が伝統的に「石鹸枠」を襲名しているとされる。まさにゴールデンタイムといえよう。

時間枠以外の定義は、どうやら現在でも審議が続いているようであり、「最終的にはそれぞれの裁量次第なのでこれらの作品を見たことがない人はまず1話を視聴し、自分の中の石鹸枠を確立して欲しい。」という編者の声が胸を打つ。お前だけのクソアニメがあり、お前だけのテンプレアニメがある。後世に残すべき格言であろう。

なお、最新の動向によれば、『アブソリュート・デュオ』は2話放映時のアンケート好評化から、「高級石鹸」という称号を賜ったようである*1。僕自身、2話はすっきりきれいにまとめてあったことに感動を覚えた身だ。「石鹸枠」という言葉は、侮蔑ではなくひとつのジャンルとして、我々の生活に溶け込み始めているのかもしれない。

ひとつだけはっきりしていることは、石鹸枠と呼ばれるラノベアニメ群たちは「テンプレ」の一言で、かなりの説明がつくことだ。その中身とは「自ら股を開く美少女と学園でバトルをする」であり、そこからズレることは、少なくとも石鹸枠ではありえないだろう。薬局の棚に並ぶミューズのビンは全て同じ形状だ。同じ規格のアニメが安定して量産される現代は、まさに産業革命期なのである。

 

君は誰を指名する?

今や7年前のアニメとなった『マクロスF』の主題歌「トライアングラー」は、「君は誰とキスをする」という歌詞から始まる坂本真綾の名曲だ。

三角関係を歌うこの曲はまさにマクロスの象徴ともいえる一曲だが、上記歌詞をソープランドの受付で歌えば意味はまるで違う。「プロ意識の高いソープ嬢はキスをしない」とWikipediaにあるが、性産業飽食の時代たる今ではそうでもないという。今日も、どこかで、誰かが、数万の入浴料を払ってキスをしている。

前置きが長くなったが、つまりは「石鹸枠とはソープ枠ということではないか」という話である。

これは決してジョークではない。「ソープ嬢として本指名したいほど好きなヒロイン」とは、シコリティを見定めたキャラクターに他ならない。泡踊りでその全身を感じ、ベッドの上で暖かさを感じながら、射精へと至りたい。そう思わせる力場とは、極めて表層的かつ即物的であるとしても、「ヒロインの魅力」であることに相違ない。

 

このようなことを強く思わされたきっかけは、『アブソリュート・デュオ』2話の、次のカットだった。

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鳥頭にはラノベの登場人物名をおぼえるのが難しい。しかし、「ブルマで土下座」というインパクトは非常に大きく、あっという間に橘巴という名前をおぼえることに成功した。ユリエ・シグトゥーナの次に名前をおぼえられたヒロインだ。

このカットは「巴が、主人公がユリエを抱いたと誤解したことを詫びる」という場面であり、この手のキャラにめずらしく「非はすぐに素直に謝る」という橘巴の誠実さを表す、印象的なシーンでもある。「すぐに謝る」というのが好感度ポイントだ。直後のブルマクンニシーンと合わせて、現状『アブソリュート・デュオ』では一番気に入っているシーンだ。

 

しかし、このシーンに次のような字幕をつけると、どうだろうか。

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いかがだろう。まさに本指名推奨、ワンツーでは足りぬ輝きではないか。

個人的趣向としてブルマだけでだいぶシコれてしまうのがフェアではないが、このシーンは非常に、よい。シコリティのフックがそこにはある。無限の可能性が開かれている。まさにソープ嬢として、全身石鹸まみれになるべき魅力を見出すことができるのである。

そしてこの発見の瞬間、筆者自身の中では「橘巴のスケベな体に会いに行く」という『アブソリュート・デュオ』の至上視聴目的が創出されたのである。『アブソリュート・デュオ』という、虚無に近しいラノベアニメ。それを見る目的と、楽しむ目的が同時に芽吹き、春へ向けて静かに成長を始めている。

上記のような過程こそ、「クソラノベアニメ」とすら言えるラノベ原作アニメ、ニコニコにて「石鹸枠」と呼ばれる「なくたっていい」アニメ群を楽しむ、最大の鍵ではないだろうか。

 

石鹸ヒロインを渡り歩く

「テンプレ」と称されるラノベアニメたちの最大の魅力とは、ずばり「キャラクター」である。「キャラクターがかわいければ/エロければよい」という、単純だが力強いエネルギーがそこにはある。

これらのアニメに対し、「シナリオが陳腐」だの「量産品」だの、あるいは「股を開くヒロインばかりだ」だの言っても仕方ない。敬虔なラノベファンたちはこう言うだろう。「お前たちはこの作品の楽しみ方をわかっていない」と。そして「原作を読め」と追撃することもある。

アニメ単体が紛れも無いクソアニメだった場合でも「原作は良いから読め、話はそれからだ」というのは、いくらなんでも原作を前提にしていて首を180度くらいは捻る。しかしそうでないなら、原作を読むという対処療法は効果的だろう。その療法はキャラクターの理解につながり、シコリティの創出に至るからだ。

 

「シナリオが斬新とか、頭を使うとか、そういうんじゃあないんだ。ただ可愛い子いて、絵がきれいなら、それでいいんだ」

 

即物的すぎてもはや悟りすら感じるこのスタンスは、なにもMF文庫Jクローンと踊るためだけの必須アイテムではない。かの伝説的災厄「ビビッドレッド・オペレーション」だって、「尻がよく描かれた女の子がビビッドパンチを打つ物語」として脊髄で視聴すれば、今日だって最高の未来に変わり、比類なき名作として心に刻み込まれるのだ。それは思考停止ではなく、前向きな全肯定の意思である。

その上で、「ソープ枠」という概念を導入した場合の影響を考えると、「迷いなく次クールへ進める」という事象が挙げられるだろう。

「○○は嫁」という旧石器時代の言葉がある。「嫁」という概念は、少なくとも一人につき一人であり、「俺は一夫多妻制じゃ」と唱えようとも、「ここは日本じゃスカタン」の一言で一蹴される。1クールごとに、ツイッターのアイコンもとろも「嫁」を変えようものなら「不貞」と罵られることは必定だろう。

だが、「嫁」ではなく「ソープ嬢」ならどうか。気軽に1クールを楽しみ、気軽に次の嬢へ乗り換えることができないだろうか。「あれだけ入れ込んだのに」と言われようとも、「今はこの子の方が好きなんだ」と返すことができる。そして必要になれば、また本指名してもよいのだ。「嫁」にはない気軽さが、1クール制が主となった現代のアニメにおいては適している。

お気に入りの子を一人見つけ、その子見たさで、毒にも薬にもならないシナリオのついた映像を見る。そして季節が終わり、あらたなクールがやってくれば、また次のお気に入りの子を見つけ、またその子に視線を注ぎ続ける。「石鹸枠」とは、季節の変わり目とともに、ソープ街のネオンの中を渡り歩く、新しいライフスタイルなのかもしれない。

 

蛇足

そうはいっても、「クソラノベアニメの旅」で記したことが揺らぐわけではない。だが、楽しむ視点は見出すことができた。

1週間の咀嚼によって、計画的娯楽として『聖剣使いの禁呪詠唱』は楽しめるし、『新妹魔王の契約者』はやはり時空の歪み体験ツアーであり、かつとんでもないエロ枠として、各位の愚息をにぎわせてくれることだろう。

上記2作品のような飛び抜けた特徴を、『アブソリュート・デュオ』と『銃皇無尽のファフニール』は持ちあわせていない。両者ともに、1話の印象では「定型の中の定型」と言われても仕方ないアニメだ。しかし、楽しむためのヒントは、すでに上記に記してある。幸運にも、両作品ともにキャラクターの作画は、少なくとも『禁呪』よりは上質だろう。

いずれにせよ、この「4大」とも呼べるアニメたちを走り切るには、「お気に入りの嬢」を一人見つけるのが最善だろう。この3ヶ月だけの付き合いだとしても、「テンプレのクソラノベ」という呪いをかき消す聖母として、彼女たちは必要に違いない。

願わくば、汝がいつか『4大制覇者』に至らんことを。

そして当ブログでは、橘巴さんともども『アブソリュート・デュオ』を応援していきます。

*1:『アブソリュート・デュオ』は、今シーズンの木曜24時30分の枠を得ているとのことである。もしかすると、このアニメは「石鹸枠」のシンデレラガールズなのかもしれない。