うらがみらいぶらり

チラシの裏のアーカイブ

2015年冬 クソラノベアニメの旅

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「――坂の上のお屋敷には、二人の魔女が住んでいる――」

そんなキャッチコピーを掲げたのは『魔法使いの夜』だったが、今年の冬は次のように言い換えられるだろう。

 

「――今年の冬のアニメには、四本のクソラノベが潜んでいる――」

 

一部では「ポスト魔法戦争」との呼び声高い、ラノベ原作アニメたち。どれもMF文庫J原作のようでいて、全てがちがうレーベルから発刊されている。なのにどれも凄惨なクソラノベ枠のように見える。そんな悲劇の温床が、シンデレラガールズの闇に渦巻いている。

もっとも、『魔法戦争』とは稀代の大災害、アニメ界における第二次世界大戦であり、その悲惨さ、「帰還兵」たちの末路などを顧みれば、容易に比較してはならないものである。だが、終戦より一年たった今年の冬、それにあるいは匹敵する作品が四本も排出された。群雄割拠しながらも、誰も語る言葉を持ち得ないその光景は、まさに「冷戦」と呼ぶべき様相を示しているだろう。

本記事では、2015年冬に出現した災害の予兆たる4作品――『アブソリュート・デュオ』『銃皇無尽のファフニール』『聖剣使いの禁呪詠唱』『新妹魔王の契約者』の概要を、各作品の1話が出揃った現時点での最新報告として紹介する。筆者は決してラノベアニメに明るいとはいえないが、その惨状を数ミリでも感じていただければ幸いだ。

 

 

虚無へ至る定型 『アブソリュート・デュオ』

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このブログでも以前取り上げ、「まるで水のようだ」と紹介した『アブソリュート・デュオ』は、由緒正しいMF文庫J原作である。その本質とはまさに「虚無」であり、その理由は「定型」にある。

特別な学園。武器で戦う。主人公はイレギュラー。謎の美少女に好かれる。

誰もが「学園ラブコメバトル」と聞けば容易に想像し得る展開を、この作品はまったくズレることなく、お手本のようになぞっていく。

あなたが一度でも「学園ラブコメバトル」について想像していたり、またはMF文庫J作品に目を通していれば、『アブソリュート・デュオ』の視聴は未来予知/Future Sightの疑似体験となるだろう。その先に待つのは、「予想をまったく裏切らなかった」という虚無である。

しかしながら、本作が完全な虚無で終わらない可能性も残されている。

「デュオ」という名の通り、作中では学生たちが『絆双刃(デュオ)』という兄弟の杯のようなものを交わす。この絆双刃には、主人公とメインヒロインがもちろん該当するが、全ての絆双刃が男女ペアというわけではない。女性同士の絆双刃、男性同士の絆双刃が登場する(らしい)のだ。

「巨乳武道娘と爆乳控えめ娘のレズカップル」「メガネと筋肉のホモカップル」が同じ舞台に立つラノベアニメは、そこそこ珍しい。MF文庫J出身の学園バトル系ならば、なおさらであろう。

このような要素が、もしかすれば未来予知を裏切る可能性もあるかもしれない。しかし、2話の時点で、このアニメが定型が逸脱した痕跡はほとんどない。「30分間の虚無」をコンスタントに提供する作品として、不動の地位を築いていく可能性は、非常に高い。

 

正しき「剣舞」の継承者 『銃皇無尽のファフニール』

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MF文庫Jから放たれたのがヘテロもホモもありな学園バトルならば、じゃあMFの十八番「学園完全ハーレム」はどこに行ったのか、という話になる。2014年の夏に密かに活動していた『精霊使いの剣舞』の後継者は、遠く離れた講談社にいた。

「”D”と呼ばれる少女がドラゴンと戦う訓練をする学校に、唯一の男性の”D”である主人公が編入する」というあらすじで、『銃皇無尽のファフニール』全て説明できる。そして、「美少女の水浴びに遭遇し、逆上されて攻撃されるも、自滅しかけたところを助けて惚れられる」という、剣舞そのままの展開を忠実に再現してくれる。時代と品を変えて、アレイシア精霊学院は復活を遂げたのである。その関係性は、神の怒り/Wrath of God滅び/Damnationに近いだろう。

このアニメはすなわち精霊剣舞であり、それ以上でもそれ以下でもない。さすがにシナリオに多少の違いはあるだろうが、白か黒かの違いしかないだろう。その意味では、ヘタすれば『アブソリュート・デュオ』以上の未来予知体験を、あなたにもたらすかもしれない。ただし、声優は日高里菜沼倉愛美金元寿子花澤香菜徳井青空と、精霊使いたちを踏みつぶしていくかのようなラインナップである。

 

偽りなきクソアニメ 『聖剣使いの禁呪詠唱』

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上記二作品でもクソラノベ枠としては十分なスペックを持つが、『アブソリュート・デュオ』は多少綺麗な作画、『銃皇無尽のファフニール』は豪華声優陣にかわいい女の子よって、多少の見どころがある。本物の地獄は、GA文庫から飛来した。

まず、「禁呪詠唱」で「ワールドブレイク」と読ませる、というところから我々に頭痛をもたらすのが、『聖剣使いの禁呪詠唱』である。だが、それはまだ序章にすぎない。

いきなり始まる最終決戦。あまりにもセンスが古すぎるキャラたちの身なり。主人公が高速で宙空に記すひらがなの詠唱呪文。「ラストレクイエム」を彷彿とさせる必殺技名。そして――敵と思われるものを倒した直後にインサートされる「半年前」の白文字テロップ。

開幕5分で、あなたは吠えるだろう。「なめているのか」と。

その後も、日常シーンで流れる人をなめたようなBGM、生徒の前で変身する中年教師、どうみてもおっさんの学生、異常な速度の横首振り、MAD動画じみた分身っぽい高速移動表現、アリプロっぽいEDをバックに急に覚醒して分身高速移動をする主人公など、頭痛を強める要素が滝のように振りかかる。これで絵柄がよければ……という希望すら、10年前のようなキャラデザイン(特にモブ)が見事に玉砕していく。

その惨状たるや、まさに「クソアニメ」を襲名するにふさわしい威光である。『聖剣使いの禁呪詠唱』は、あなたを苛まれし思考/Tormented Thoughtsに突き落とすだろう。「禁呪」とはそういう意味も込められているかもしれない。

ただ、このアニメの潔いところは「制作陣がわかってるな」と思わせるほどのクソっぷりにある。常人のセンスならば、最終決戦シーンからいきなりキルラキルっぽい「半年前」なんて流さないだろう。異常な速度で首振りをさせないだろう。このアニメのスタッフは、(可能性の話でしかないが)計画的にクソアニメにしようとしている。

すなわち、完全なエンターテイメントとしてのクソアニメであり、ピザを食べながらみんなでワイワイ観た場合、ツッコミの嵐によって必ずや場が盛り上がることだろう。そのあり方は、ある意味では『魔法戦争』を引き継ぐものかもしれない。

 

「正しさ」を破壊する怪物 『新妹魔王の契約者』

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『聖剣使いの禁呪詠唱』は、クソアニメの王道を往く一作だ。しかし、クソアニメという要素を突き詰めれば、その先に待つものは「クソアニメ」とすら呼び得ないなにかになる。それこそが『魔法戦争』であり、戦争は多くの人間から正気を奪っていった。それが2014年の冬だった。

あれから一年。戦争の影におびえるクソラノベ界に、新時代の魔王が、角川スニーカー文庫から降臨を果たした。奇しくも「結城友奈は勇者である」というアニメの後に現れたその名を、『新妹魔王の契約者』と呼ぶ。勇者は死に、魔王が現れたのである。

『新妹魔王の契約者』というアニメを一言で述べるなら、時間の伸長/Time Stretchであり、あるいは無限への突入/Enter the Infiniteである。

物語は、なんの説明もなしにファミレスから始まり、親子丼を食うところから始まる。そこから脈絡なしに「妹…欲しくないか」と父キャラが語り出す。そして主人公がトイレへ立つと、パンツを脱いだ美少女と鉢合わせ、ビンタされる。それが、主人公にできた新しい家族であり、本作のメインヒロイン・成瀬澪である。

というシーンの直後、場面はいきなり主人公の自室に飛び、妹となった澪の騎乗位によって目が覚める。ビンタしてにらんでいた数カット前の澪の姿はそこにはいない。恍惚とした顔で主人公の上にまたがる姿は、明らかに文脈の断絶をもたらすものだ。

そして、家の前で記念写真を撮った直後、また説明もなしに今度は買い物のシーンに変わる。そして不良に絡まれ、コショーを振りまいて逃亡、そしてお気に入りの丘に連れて行く。と思った直後、父が出張し、家には主人公と澪、そして澪の妹が残される。と思った直後、妹がサキュバスみたいな姿に変身し「魔王の前だ控えよ」「魔法を見て驚かないとは」などと言い出す。ここで、澪が魔王の後継者であることがわかり、突如としてオープニングが流れだす。

ここまで観た人間は十中八九こう言う。「あれ?30分経った?」と。

だが、時計を見ればまだ十数分。なんとまだAパートなのだ。

これですでにヤバイと思うだろう。だが、時間の伸長はBパートでも続く。

Bパートの頭で、主人公に記憶改変魔法がかけられる。と思った直後、主人公が魔王たちの背後へ瞬間移動する。と思った直後、主人公の右腕が篭手に包まれ剣を握り、「俺も勇者の一族だ」と宣言する。付言するが、「実は勇者」という片鱗はここまで一度も見せていない。直後、「勇者の一族は隠れ里にいるはずよ!?なんでこんなところに!?」とサキュバスが叫ぶ。「勇者が隠れ里にいる」という片鱗も一切登場しない。そして、主人公が二人を家から追い出し、なにやらつらい過去を思い出しながら右腕を抑える。「中二病乙www」などと言う余裕は視聴者にはない。あまりにも突然の出来事の連続で、すでに画面にツッコむどころではなくなるのだ。

そして、出張中の父に電話すると「全部知ってた」と返答され、「そういうことは最初から言えよ!」と主人公がツッコむ。ようやく視聴者の声が代弁されるのだ。そこから父の口から作品世界の解説がなされるが、ほぼ同時並行で澪は敵に襲われ、あまりにも綺麗に真横に飛んで落下死するところを、主人公が自転車で崖の急斜面を走って助けるというシーンが入る。雪崩のような展開の応酬が、視聴者にオーバーフローを起こしたまま、1話は幕を閉じる。

『新妹魔王の契約者』は、徹底して文脈の完全な断絶が発生している。その断絶は、まるで総集編とでもいわんかのように、当然のような態度をもって生成されている。そう、「総集編かのような断絶」であるがゆえに、視聴者は30分のはずの放映時間を、まるで2時間の体験のように感じることができるのだ。それは、もはや単なるクソアニメとは呼び得ない。時間が伸長し、情報が無限に爆発していく「魔法」としか呼びようがないものだ。

先にも述べたが、このようなアニメが、「結城友奈は勇者である」という、「正しさ」と「楽しさ」で散々もめた勇者の物語の後に出てきたことは、あまりにも出来過ぎている。『新妹魔王の契約者』は、もはや「正しさ」という尺度では収まりきらない怪物である。今、魔王に立ち向かう勇気ある者が求められている。

ちなみにコミック版がクッソエロい。

 

まとめ

いかがだろうか。この魔境に踏み込む勇気があるならば、おそらくあなたは勇者か、骨の髄までラノベに浸かった人間だろう。

幸いにも、今季にはシンデレラガールズという超良質と称される作品だったり、キャラ萌えに走るなら最強であろう艦これもある。逃げ道はいくらでもある。もし、時間が惜しくないようなら、この人外魔境へ挑み、「アニメってなんだろう」という悟りを開くチャレンジをしてみるのも、一興かもしれない。

 

ちなみに、各作品を観た時の僕自身の心境を、勇者部のみんなに演じてもらうとこうなる。

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