うらがみらいぶらり

チラシの裏のアーカイブ

ラビットハウス小旅行という異世界転生

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「Googleで『1』と検索すると、ニコニコ動画ごちうさ1話が表示される」という話は、いまやすっかり有名になった。「ごちうさ完売」と言われるほどの絶大なコンテンツ力(ぢから)は、ここ最近でも例を見ない勢いであり、もはや「異常」とすら呼べるほどである。きんモザ、のんのんびよりといった日常枠の系譜においても、ごちうさの力は傑出しており、いまもごちうさ1話の再生数は増加の一途をたどっている。

いったいなにが、オタクたちをごちうさワールドへ導いているのか。単なる日常産の養豚場の引力によるものなのか。僕はそれだけではないように思う。もしそうならば、きんモザ再生数も300万でなければ説明がつかない。

ごちうさをよくよく眺めていると、構造こそきんモザと似通っていても、土台が全く異なることに気付かされる。そもそもの世界観が異なるのだ。そして、ごちうさの持つ世界観は、日常枠でありながら「日常からの脱出」も提供するものである。その構図は、「異世界転生」と言われるネット小説ジャンルと近いものがある。それは、「ここではないどこかへちょっと行って帰りたい」という欲求の発現なのだ。

 

 

ごちうさの世界観の第一印象は「美麗」であり、そこから「異国感」というイメージが連想される。このイメージ受容は、きちんと計画されたものである。原作1巻作者あとがきから引用したい。

木組みの街の世界観で、喫茶店ものがやりたいという気持ちから、この漫画を始めました。

ストラスブール、コルマールの町並み、ハンガリーの温泉チェス、

いろんな世界観が広く浅くモデルとなっています。

ごちうさの登場人物は、「保登心愛」「香風智乃」といった和名ばかりならぶため、おそらく日本人と推察されるが、居住する世界は全く日本ではない。ココアが引っ越してくる「あの街」は、ヨーロッパのイメージをパッチワークして作られた異国であり、ともすれば「野性のウサギがそのへんをうろつく」という特徴を持った異世界である。

これは、千葉県津田沼などを舞台モチーフとしたきんモザ、どこかしらの日本の田舎町をモチーフにしたのんのんびよりとは、性質を異にするものである。ごちうさの世界は明らかに日本ではなく、ともすれば「この世界のどこでもないところ」というファンタジー的要素が非常に強いものなのである。

 

ニコニコ動画ではごちうさが無限ループの聖地となっているが、インターネットの別の地方では、「ファンタジー異世界へ転生」というテーマが流行している。「小説家になろう」とはじめとしたネット小説投稿サイトである。

「小説家なろう」といえば悪名高き『魔法科高校の劣等生』が著名であるが、劣等生と同時期か以後に隆盛したのが、いわゆる「転生モノ」と呼ばれるジャンルである。「現代の冴えない小僧とかが事故で死んだらファンタジーな世界に転生したぜ」というテンプレ導入で開始できるジャンルであり、ここ最近は五月雨のように書籍化されている。高確率で俺TUEEEの類型を組み入れ、その水戸黄門じみた単調展開は、絶大な支持か毛嫌いを呼ぶ潔さを誇るものである。

この「転生モノ」にて転生先にされる世界観は、8割程度は「中世ヨーロッパじみた雰囲気に、魔法と竜を盛り込んだ感じ」と説明できる。要するに「ゼロの使い魔の焼き直し」である。当然ながら、日本ではない。都合よく日本要素を混ぜてくるパターンが多いが、ゼロ魔の世界でテイルズごっこをするのが王道である。

「転生モノ」の是非は脇に置く。重要なのは、インターネットでは「転生願望」がひとつのテーマとして持ち上がっていることだ。ただ、「転生願望」というと大げさであり、その実態はおそらくだが「小旅行願望」だろう。

「ここではないどこかへちょっと行って安らぎたい」という欲求に、「小説家なろう」は快く対応してくれる。数回クリックすれば、クソみたいな現実世界から、ドラゴンと魔法と美少女にあふれたファンタジーワールドへ旅立つことができる。ゲームのようにレベル上げの手間もいらず、ただページをめくれば勝手にダンジョンを歩き、強敵を瞬殺できる。全てのプランがあらかじめ決められた、まさに「異世界小旅行プラン」であろう。

ニコニコ動画と「小説家なろう」は、文化圏として共通する箇所は少ない。だが、あらゆるインターネッツ文化圏は地続きだ。竜と魔法の世界には行かずとも、「ここでないどこかへ行きたい」という欲求は、別のサーバーへ渡っていく。その流れ着いた先こそ、ごちうさ1話である。

 

ごちうさ1話は、この記事の一番上のカットから始まる。

中央を走る運河。林立するヨーロピアンな建物。その光景は明らかに日本ではない。「ここではないどこか」としかいえない街に、主人公のココアがやってくるのが、ごちうさ1話冒頭である。そして、ラビットハウスという喫茶店を尋ねると、チノとかいう看板娘と、バイトをしている巨乳のリゼがあらわれ、なんやかんやで仲良くなる。そしてココアの新生活初日が終わると、のびやかなED曲が流れて、視聴者は現実世界へと帰ってくる。

視聴者にとって、一連の流れは「ここではないどこか」への来訪と帰還であり、画面を介して行われる小旅行である。このシークエンスは、まさに転生モノ作品を読むのとほとんど同じと言える。

画面の前に座っていれば、勝手に望んだ異世界へ訪問できる。訪問先でちょいとドラマを眺めて、短時間で戻ってこれる。さらに、訪問先には美少女がいる上、ラッキースケベな展開もある。ごちうさ1話も転生小説も、最も手軽な現実逃避かつ気分転換の方法なのである。

思うに、今のインターネットに住まうオタクたちには、潜在的に「小旅行願望」が宿っているのではないか。そもそも、つい最近まで「自分探しの旅」というバズワードが無意味に流行っていたのだ。その影響が皆無であるとは考えにくい。

もっとも、ごちうさ1話をループする人と、「小説家なろう」に在住する人は、おそらく旅行先が異なる。ラビットハウスに行きたい人は「ここではないどこかで安らかな日々を送りたい」であり、転生モノを読みあさる人は「ここではないどこかへ旅立ち冒険したい」だろう。旅先でゆっくり温泉につかりたいパターンと観光名所を回りたいパターンがあるように、それぞれニーズが異なるのだと思う。

ただ共通しているのは、「手軽に行って帰ってこれる」ということだろう。アニメ12話を見るよりも、文庫本1冊を読むよりも、サッとパソコンを開くだけで旅立ち、サッと戻ってこれる。その上、わかりきったコースなので負担も少ない。「軽く心を休めたい」という欲求に、これほどまでに応えているコンテンツもないだろう。

 

こうして今日も、ラビットハウスへ旅立ち、帰ってくる者たちでニコニコ動画はあふれ返る。トラックに轢かれて異世界へ転生するように、無数のコメントを浴びながら彼らは今日もラビットハウスの戸をくぐるのだ。