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うらがみらいぶらり

チラシの裏のアーカイブ

人生初のキャバクラでルーマニア人にインド人と間違われた話

DIARY

僕はよく、インド人に間違われる。

 

食生活や生活習慣ではなく、顔の話だ。つまるところ彫りがある感じの顔なのだが、これがどうして、頻繁にインド人と間違われる。

高校時代まではスペイン人だとよく言われていたが、大学に進学すると大西洋を下ってガンジス川に身を浸していた。おかしな話だが、初対面の人に「もしかしてご親族にインドの方はいらっしゃいますか?」と開口一番尋ねられたほどである。きっとブッダによってイエス一門から拉致されたにちがいない。

なお、インド人っぽいといえば最近は平井堅だが、インド人と間違われても人生で得をする場面はない。就活ではメリットにならないし、僕の場合はそもそも口数が少ないので「影が薄い」と言われるほどである。ただ、一度おぼえるとやたらと目につく顔らしく、「江古田のカレー屋で君みたいなインド人を見かけたよ」という報告を自動的にもらえる。

 

そんなインド人っぽい純日本人の僕は、先日キャバクラデビューを果たした。

社員さんの送別会の後のことである。帰り際、とある先輩から「今日は帰れると思うなよ」と告げられた。これで僕が美少女だったら路地裏レイプ漫画の幕開けなのだが、あいにく僕は男性であり、先輩も立派な男性であった。

そうして連れて行かれたのが、キャバクラである。それもただのキャバクラではない。ルーマニアパブである。

キャバクラの経験すらないのに、ルーマニアときた。その時の僕が持ちあわせていた唯一のルーマニアに関する知識は、「国旗がSGIっぽい」ということだけである。入信の誘いかもと身構えたが、全額おごってくださるとのことだったので喜んで同行した。

入店早々出迎えてくれたのは、もちろんルーマニア人だった。

顔つきはアメリカンやエゲレスのようなシャープな白人というよりは、ロシアあたりのスラブっぽい感じの、どこか力強い印象を受けた。アメリカでもないし、フィリピンでもない。「これがルーマニアか」と、僕は童貞心ながら学習した。

こうしてルーマニアホステスに席へ案内されたのだが、とはいえベースは伊勢佐木町のキャバクラである。テーブルには氷と水とウィスキーのビンが置かれ、なにも言わず僕の目の前に水割りウィスキーを置いてくれた。せっかくルーマニアならルーマニアっぽいものを置けばよいのにと思ったが、やはりそうなると三色旗が出てきそうなので、僕は無言でウィスキーを口に運んでいた。

 

さて、肝心のルーマニアホステスとのふれあいだが、彼女は開口一番こう言った。

「アナタ、インドのヒト?」

僕の口からは急速に味覚が失われ、隣でタバコを吸っていた先輩は軽く爆笑の後、思い出したように語り出した。

「そういや入社式のあった日に、きみあいさつしたじゃん。あん時、「ついにインド人採用したのかー」って思っててさ、後で日本人だって気づいてびっくりしたよ」

どうも僕の顔は本気でカレーとナンを主食とするように見えているようだった。

その後は、あまり女性とイチャイチャする方ではない僕でも、酒の勢いも合わせてルーマニアホステスとの会話をなかなか楽しんでいた。しかし、彼女の会話はやはりガンジス川に向いていた。

「SE?やっぱインド人でしョ?生まれ貧しカタ?いっぱいベンキョした?」

しばしば「インド人にはプログラマが多い」という話が半ばジョークで飛び交うが、彼女もそれを援用したのだろう。しかしながら、僕の顔はどうしようもなくインド人だったし、僕の職業はSEだった。貧しい村で死ぬほど勉強して大学へ進学し、数学をマスターして日本でSEになった、と本気で誤解されたとしても不思議ではない。

なお、肝心のルーマニアホステスの方の身の上話も聞いたのだが、ぶっちゃけほとんどおぼえてない。なにせ向こうも、ホステスの中では比較的新参で、日本語もあまりこなれていなかった。先輩はお気にのルーマニア嬢(こちらはものすごく日本語が達者)とiPad片手にイチャイチャしていたので、言葉の貿易量が少ない僕らは、はじめてのコンパで周囲のノリについていけない田舎出身の大学1年生のように身を寄せ合っていた。

なにせこの時、僕はとにかく『ファイアーエムブレム覚醒』をプレイしたくて仕方がなかったのである。身は伊勢佐木町だが、心はすでにイーリス聖王国にあったのである。

 

さて、終始冷戦のようにルーマニアパブにいたかというと、そうではない。

先輩のお気にのルーマニア嬢がカラオケのリモコンを操作して福山雅治の『桜坂』を入れ、なぜか僕に「いっしょにうたおー!」と誘ってきた。なぜ僕なのかと問おうとしたが、ルーマニアホステスがルーマニアボディとルーマニアおっぱいを遠慮無く寄せてきたので、童貞心はあっさり揺らいでしまった。

このカラオケ桜坂が、妙にウケてしまった。

もとよりカラオケは一人で行くくらい好きで、『桜坂』もそんなに歌わないが知っている曲だった。そして、ヒトカラのノリでそこそこマジに歌ったところ、ルーマニア人が拍手。先輩も拍手。なぜか別の席にいた60歳くらいのえらそうなおじさんも拍手。端的に言うと、ステージをモノにしていた。

そしてよせばいいのに僕もノッてきてしまい、「もう一曲!」というルーマニア嬢のススメにあっさり乗ってしまい、今度は僕の十八番『さそり座の女』を選曲。僕とずっと肩を寄せあっていたルーマニアホステスといっしょにステージに上ってもらい、思いっきり『さそり座の女』熱唱した。結果は同じく大ウケ。「将来はカラオケ芸人になろう」と強く決意した。

そして、ステージから降りてきた先輩は、お気にのルーマニア嬢に聞こえない小さな声で告げてきた。

「ねぇ、カラオケ行かね?」

こうして僕と先輩はルーマニアパブを後にし、手近なコートダジュールを見つけて2時間近く歌った。キャバクラとは異なり、お互いにアニソンを入れても大丈夫な空間で大いにはしゃいでしまい、僕は勢い余ってトイレでマーライオンと化した。

そして先輩は会社に寝に戻り、僕は「漫喫に入ったことないな」と思い、人生初めての漫喫にてひたすらFE覚醒に興じた。そして一通りノノちゃんをレベル上げした後、横浜から東京駅へ向かい、千疋屋でワッフルモーニングプレートを食した。清らかなからだとなって帰宅した後、夕方まで気絶した。その日が土曜であって本当によかった、という一日だった。

 

結論から言えば、僕はルーマニア人にすらインド人に間違われるということである。将来はインドに帰化して悟りでも開こうと思う次第だ。