うらがみらいぶらり

チラシの裏のアーカイブ

アンジェラ・バルザックについてのいろんな所感

f:id:wasasula:20140704172608j:plain

先日、2度目の『楽園追放』に行って参りました。

映画の2周目は余裕をもって観れるので、細かいところとかに視点を注げてすごく満足感ある視聴ができて幸福度が高いですね。「あっ!このデジタル文字って00のやつじゃね!?コンソールデザインとかも!」という気付きなんかが得られるので、気に入った作品は財布の許す限り映画館に足を運びたいものです。

そして2周してみて、アンジェラ・バルザックについてもいろいろと気付きがあったので備忘的に書き残そうと思います。以下ネタバレを盛っていきますので、未観劇の方は閲覧を推奨しません。

 

 

①外面について 

今年もシコリティの面では一線級の二次元キャラクターが数多く排出されたが、その最後に、テレビではなく銀幕に、鬼神のごときシコリティのイコンが降臨した。直近の最強クラスシコ・イコンといえば甘ブリの面々であるが、ある意味では数の暴力とも言える彼女らに対し、アンジェラ・バルザックは単騎で激烈なシコリティを発揮し、観劇者の過半数に「尻」「おっぱい」などの単語を繰り返させるほどの影響を与えた。一にして究極。ドスケベスーツを身にまとう釘宮は今年を締めくくるにふさわしい貫禄を誇っていた。

そんなシコリティの面ばかり目につきますが、「バイク型コックピットにまたがるエロスーツ美少女」というのは、ちょっとさかのぼればコードギアスに行き着きますし、更に歴史を紐解けば80年代にも容易にたどり着いてしまうわけです。つまるところアンジェラとは「伝統的SFヒロイン像」が現代に復活した姿であり、それゆえに「混じり気のないスタンダードな姿」として、マテリアルボディが身体スペック最盛期の年齢で培養されるのかもしれません。

『楽園追放』そのものを「高級定食」と以前例えましたが、アンジェラもまた「高級定食」なのかなぁと思います。ちょっと身体を動かすたびにおっぱいも揺れるのですが、その揺れ方が水面みたいでお上品なところとか。

 

②人格について

尻だの乳だので盛り上がる彼女ですが、個人的には性格面でも一級品だと思っています。

伝統的なヒロイン像そのものなので、よく言えば「王道」、悪く言えば「ひねりがない」となり、ついでに言えばCV釘宮ヒロインとしても比較的スタンダードなので、変化球好きには物足りないかもしれません。けど「そこがいい」という人にはドハマりするし、あわよくばシコってしまうわけです。

個人的に好感を持ったのは「たくましいヒロイン」という点でした。劇中で過労と病気でぶっ倒れて、ディンゴにおかゆを作ってもらうシーンがありましたが、あそこでディンゴに食べさせてもらうのではなく、体を起こして自分で食べる、というところとかがグッときました。これは好みでしかないんですが、「強く自立しようとするヒロイン」がすごくいいんですよね。この場合は「女主人公」と書いて「ヒロイン」と読ませるパターンです。

「まだ『萌え』と呼ばれる概念がないころのアニメ」と『楽園追放』を評している方を見かけたのですが、その意見には膝を打ちました。男性へ露骨に媚びないでひとり歩きをするヒロイン像に魅せられる人はいるでしょうし、露骨媚びが多い最近の風潮の反動として、むしろ主流になっているのかもしれません。そういや進撃でもミカサがすげえ人気になった気が。

なお、さらに言うなら、劇中だけでは「アンジェラの正確な年齢がわからない」というのも個人的にツボです。身体年齢は16歳だけど、実年齢(電脳体年齢?)って名言はされないんですよね。だから「見た目16歳の20代後半」みたいなケースもザラに考えうると。このへんは前日譚ノベライズを読むべきかも。

 

③フロンティアセッターとの関係について

自我を得たAIのフロンティアセッター(すさまじいネタバレ)と、人工生成ボディに意識を宿るアンジェラの関係性を見ていると、どうしても攻殻の草薙素子と人形使いを思い出してしまうんですよね。「自我を持つAIと人工人体に宿る人間」というのは、今やSFでなくてもかなりメジャーな構図になっているので、あまりうかつなことを言えないのですが、にわか並に思ったことを以下に記します。

草薙素子と人形使いは最終的に融合してネットの海に消えていきますが、アンジェラとフロンティアセッターも近いところまで行きかけます。(僕が劇中最も好きな)低軌道戦闘のシーンがまさにそれで、あの場面では二人は新型アーハンに乗り込み、アンジェラが操縦、フロンティアセッターが解析・火器管制などを担当します。一つの機械に、電脳人格とAIが乗り込んで共闘する。無人で動くコックピットがその象徴として映される、人と機械の境目が消える鳥肌モノのシーンでした。

しかし、そのままの勢いでジェネシス・アーク号でいっしょに宇宙へ飛び立ってしまうのかと思いきや、アンジェラは埃っぽい地球に残ることを(そして生身の人間たるディンゴとともに歩むことを)選ぶんですよね。人形使いと融合して電子の海へ旅立った草薙素子とは真逆の結末。これはすごく重要なことだと思うんですよね。たぶん同じような結末の作品ってあるんだろうけど、「機械とわかりあいながらも、別々の世界に存在することを選ぶ」っていうのは、現在だからこそ出せる結論だと思ってます。「機械との融合」ではなく「機械との共存」。そういや『イブの時間』なんて作品もあったな、ということを思い出しました。アンジェラの場合はフロンティアセッターの旅立ちを見送るっていうシークエンスもあるんですけどね。

このあたり、ぼくのSF経験値が少なすぎてうまいことが言えないので、SF経験値の高い人に意見を聞いてみたいところ。現時点で言いたいのは「ほぼいっしょになったアンジェラがフロンティアセッターと一緒に宇宙へ行かないの、いいな」ってところです。

 

 

なんだか取り留めのない話になってしまったけど、つまるところアンジェラ・バルザックというキャラクターは、ネタバレ防止のために「尻」「おっぱい」と言われ続けているだけで、本質的な物語運営のポテンシャルもすごく高いんだよ!ってことが、なんとなく言いたかったんですよね。

ちなみに、アンジェラって「アンジェラちゃん」と「アンジェラさん」ではどちらの呼び方が多いんだろうか。瑣末だけどすごく気になる。