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うらがみらいぶらり

チラシの裏のアーカイブ

《溶鉄の尖峰、ヴァラクート》アニメとしての『ビビッドレッド・オペレーション』

どうやら某所でビビッドレッド・オペレーション視聴会、またの名を「ビビオペ強制視聴会」なるものが開催されたらしい。実に尊いことだと思う。2013年の先陣を切って現れた、大災害に等しいアニメをぶっ通しで観るなんて、常人の精神では考えもつかないことだろう。それを成し遂げた有志の方々には、畏敬の念を禁じ得ない。

それはそれとして、僕はビビッドレッド・オペレーションは素晴らしいアニメだと思う。だが同時に、ビビッドレッド・オペレーションほどクソなるアニメはないとも思っている。僕は常々こう語っている。「ビビオペは救いようのないクソだが、故に愛おしく、尊い作品だ」と。

そんなビビオペだが、一部の友人と以前から「ビビオペってヴァラクートじゃね?」ということを真面目に論議している。この言説は、あくまでフレームレベルであり、要素要素を徹底的に検証すると違うかもしれないが、ビビオペにそんなものを求めるのは筋違いというものだろう。

なんとも都合の良いタイミングなので、「ビビオペ=ヴァラクート論」についてざっくりと述べる。

 

 

序論:そもそも「ヴァラクート」とは?

まずはこちらを確認していただくとよいだろう。

ものすごく乱暴に説明するならば、ヴァラクートとは「リソースを貯めて致死量バーンを放つ」というデッキである。非常にわかりやすいデッキだ。

圧倒的火力で殴り殺す。このコンセプトをおぼえてほしい。

 

1. 序盤 ~デッキコンセプトの提示~

まず、ビビオペで最も肝要な話は1話と2話である。僕個人の意見としてもだが、各方面の声を聞く限り、「ビビオペの1話は最高(2話もよい)」という意見がほぼ大多数を占めている気がするので、おそらく真実なのであろう。

なぜ重要なのか。それは、ビビオペの全てのコンセプトが詰まっているからである。

まず1話は、平和なブルーアイランドにアローンが襲撃してくる。主人公のあかねは過去のトラウマから高所恐怖症を患っていたが、友人のあおいを助けるために克服する。繰り返すが、1話で出てきた高所恐怖症設定は1話で克服される。「そんなトラウマの掘り下げに時間は使わない」というコンセプトの提示である。

そして、あおいを助けるために飛び降りたら、なんやかんやで変身する。なぜ変身できたかは説明されない。「そんなことに説明の時間はかけない」というコンセプトである。そして2話、開始数分で今度はあおいも変身する。なぜ変身できたかは説明されない。強いて言うなら「嬢ちゃんがそれを望むなら(CV:てらそままさき)」である。

そして問題の「トマトが嫌いだったの!」のくだりが入る。「この間に何人死んでるんだよ」というツッコミが必ず入るシーンだ。しかしこのツッコミは、ビビオペにおいては野暮になる。「友情が世界を守る鍵。」というキャッチフレーズの前には、あらゆる論理的思考は空き缶同然のゴミになる。その友情の結晶こそドッキングである。友情が実ってファイナルオペレーションでアローンが死ぬ。ブルーアイランドには平和が訪れるのである。

おわかりであろうか。以上がビビッドレッド・オペレーションの全てである。

 「時間が無駄なのでキャラは掘り下げない」

 「時間が無駄なので説明はしない」

 「友情が大事なのでモブには死んでもらう」

 「友情の前にはアローンは死ぬ」

これらの点さえ抑えていれば、ビビオペは最大限楽しめるのである。

このような理屈ぶっこ抜きのノーガード戦法を、僕は俗に「赤単アニメ」と呼んでいる。そしてビビオペは、単なる赤単のような、勢いだけで攻め立てるアニメではない。「友情で合体して敵を滅ぼす」というクライマックスを用意したこのアニメは、ヴァラクート級の勝ち筋を用意したデッキなのである。

 

以上のことが、2話までの時点ですでに全て提示されている。つまり、察しのよい人なら2話の時点で「これはヴァラクート出てくるな」と予見できるのである。単にマナ用の土地を並べているのではない。ヴァラクートのための《山》が並べられていると直感できるのである。

 

2. 中盤 ~プレイ事故~

さて、ヴァラクートが出てくると予見できた1話と2話であるが、その後はどうなのか。

まず、3話と4話もまた、ヴァラクートの登場を視聴者に予見させる。あかねはポッと湧いてきたわかば、およびひまわりと相次いで合体する。もちろんファイナルオペレーションもある。「これからお前をヴァラクートで焼き殺すぞ」という、製作陣からの強い意思を感じられる。

さて、5話からであるが、ここからビビオペというデッキはかなり事故る。

5話はマフラーほむらこと黒騎れいについて語られる。ビビオペでは数少ない、(申し訳程度の)キャラ掘り下げである。この回は様子見の占術を唱えたと見てよいだろう。

しかし6話、完璧な土地事故とプレミが起きる。なにせ「頭を抱える水着回」と謳われる回である。間違って自分のクリーチャーに《稲妻》を撃つぐらいのやらかしがあったと断じてもいいだろう。

7話と8話は、めずらしくファイナルオペレーションではどうにもできない状況に陥る。ヴァラクートが効かない状況は一大事である。そこで、手持ちの札でどうにか対処をする。ある意味ではリカバリーのターンとも言えるだろう。

そして9話はわかばとひまわりのレズ回になる。百合豚にはいいかもしれないが、話の本筋にはほぼ関わらない回だ。無駄な1ターンを設けることは、ヴァラクートみたいなデッキには致命的であるにも関わらず、である。

 

このように、中盤の展開には結構難がある。というか無駄が多い。正直、中盤がもう少しよければビビオペってかなりまともになったんじゃね? と思うほどである。

こうした事故が起きるのは理由がある。ヴァラクートには通常、赤の他に緑も組み込む必要があるのだが、ビビオペはほとんど赤で構成されているのである。殺す手段は用意されているが、そこに至るまでの道筋を作るのが致命的にヘタクソなのである。ぶっちゃけ、9ターン目で土地を数枚置いてるだけでは、相手の場が整ってこちらが死にかねない。ここに、ビビオペの致命的な欠陥が存在する。

 

3. 終盤 ~土台の完成~

地獄とも言える9話までを突破すると、ようやくヴァラクートの兆し、10話以降が見えてくる。なお、ここまで到達した視聴者の大半は精神崩壊寸前に陥っていることを付言する。

10話は、あかねがれいに対して唐突に「友達だね!」と切り出す。まともに会話した機会がほとんどない相手になにを言い出すんだ、と思うあなたの感性は正しい。しかし、「友情が世界を守る」ビビオペでは間違いになる。あおいの件もそうだが、ビビオペ世界ではこの程度のことで友情が成立するのである。なぜか。「時間が無駄だから」である。なので、直後にれいが身バレすることは大変なことなのである。

9話までの時間をほぼ棒に振り、とってつけた30分であかねとれいを親友にしてしまう。それがビビッドレッド・オペレーションなのである。

次に11話であるが、そんな「れいの親友」になったあかねがれいを助けにいくと、黒幕カラスがれいを飲み込んでラスボスになる。とんでもない展開に思えるが、実は「あかねがれいを助ける理由」が確定する重要な要素を持つ。この理由を端的に言えば「友達だから」である。そして、ビビオペでは友情の前にはアローンは死ぬ」という法則が成立する。この回をもって、ヴァラクートの土壌が完成するのである。

 

4. 最終話 ~ヴァラクート起動~

運命の12話のサブタイトルは「ビビッドレッド・オペレーション」である。作品名と同じサブタイトル。これまでクソをクソで上塗りされたと感じる人には「今さらタイトル回収する気か!?」という憤りしか感じないだろう。

だが、1話と2話でヴァラクートを察知していた人は、万感の思いでこう言うだろう。「ついに溶岩の尖峰が爆発するぞ」と。

ここで、《溶鉄の尖峰、ヴァラクート》のテキストをご覧いただこう。

溶鉄の尖峰、ヴァラクートはタップ状態で戦場に出る。 
山(Mountain)が1つあなたのコントロール下で戦場に出るたび、あなたが他に少なくとも5つの山をコントロールしている場合、クリーチャー1体かプレイヤー1人を対象とする。あなたは「溶鉄の尖峰、ヴァラクートはそれに3点のダメージを与える」ことを選んでもよい。 
(T):あなたのマナ・プールに(赤)を加える。

 ヴァラクートで焼き殺すには一気に土地が出る必要がある。ビビオペの言葉で言い換えるなら、「ありったけの友情を見せつける」ことが、そのまま勝利条件になるのである。そして、12話で見せるべき友情は、10話で降って湧いた「あかねとれいの友情」になる。

あかねとれいの友情を召喚するために、あかね以外のビビッド戦士は全て捨て駒になる。ファイナルオペレーションが大安売りされ、その度に仲間が海へ落下していくが、ヴァラクートのためなら安い出費である。

そしてれいのもとにたどり着いたあかねは、れいとのドッキングを果たす。「これが友情の力だ!」というセリフとともに、ふたりの友情は「ビビッドレッド」という具体的な姿を得て、満を持して戦場に降り立つのである。

ところで、ヴァラクートのキーカードとしてよく登場するのが、《原始のタイタン》というクリーチャーである。場に出るか、殴るたびに土地を場に出すクリーチャーであり、ヴァラクートを持ってこれる中核じみた存在である。

察しのいい人はわかるであろう。ビビッドレッドこそ、《原子のタイタン》その人なのである。

ビビッドレッドの登場によって、戦場にヴァラクートが出る。そしてビビッドレッドがファイナルオペレーション、ビビッドパンチを繰り出すことで、戦場に無数の山が出現する。あかねとれいの友情が、「宇宙創世の光」という20オーバーの火力となって、園崎未恵カラスに降りかかるのである。言わずもがな、カラスは死ぬ。

かくして、ビビッドレッド・オペレーションというデッキは、12ターン目でヴァラクートの大量バーンによってゲームを終了させる。あまりにも強引なオーバーキルを前に、多くの視聴者は唐突に流れ出す「ENERGY」を聞き流しながら、疲れきった顔でモニターの前で崩れ落ちるのである。

 

まとめ

あらためて書き出して思ったが、なんてひどいアニメだろう。こんなものを12話も一気に見続けたら、さすがに気がおかしくなるだろう。

しかしながら、ヴァラクートアニメというスタンスそのものは、絶大なカタルシスをもって視聴者の記憶に刻まれるため、あながち間違いではない。展開がきっちりとしたヴァラクートならほぼ確実に名作となるだろうし、実際そういうアニメはあるはずである。

『ビビッドレッド・オペレーション』の潔い点は、最初の2話で「これはヴァラクートである」と宣言したことであろう。そして、途中ですさまじく横道に逸れながらも、ヴァラクートという勝ち筋にこだわり続けたことは、一貫性を保とうという点で尊いことである。

出来は悪いが、潔く、一本気がある。とても誠実なアニメである。だからこそ僕らは、ふと口にするのだ。「ビビッドレッド・オペレーション」という言葉を。ありったけの愛を込めながら。

もちろんその愛には、ありったけの憎しみも乗っかっている。